第三章
第一話
……すべての葉を散らした並木道の木々が、小刻みに揺れている。
きょうの寒さを、より強調するように。
時折強い風がさらに吹く。
その風を避けるように、顔を少し下げ。
僕が校舎へ戻ろうと、急いでいたところ……。
「あれ……
あたたかくて、少し弾んだ声がした。
「えっ?」
思わず顔をあげると。
毛布みたいなものを巻いた
数メートル先で、僕に手を振ってくれている。
「なんだか……膨らみました?」
「うーん。そのいいかたは、ちょっと失礼」
先輩の声が、一瞬低くなったので。
「着膨れしていますね、に訂正します」
僕はすぐに表現をやわらげたものの。
「それもなんだか、複雑な表現だなぁ……」
引き続き、不評だったらしい。
「まぁ、事実だから。受け入れてあげる」
でもすぐに先輩は、いつもの明るい声に戻ると。
「もしかして、使いっ走り?」
お返しといわんばかりに、微妙な表現で僕に聞いてくる。
……放送室で
「先生曰くは、
「なんだか……めちゃくちゃないいいわけだね」
「キャビネットの上の缶を、背伸びして取っていたんですけどね……」
そのタイミングで、先輩が声をかけたもんだから。
締まり切っていなかった蓋が外れて。
真下にいた
「まるで、猿の毛繕いみたいで嫌だわ……」
「似た色だから、見つけにくいよね……」
高嶺の栗色の髪の毛の中から、ピンセットで茶葉をつまみはじめると。
なんでも、今朝はちょっと時間があったからと。
その準備に気合を入れたらしく。
「痛いんでやさしくしてください! あと絶対髪型そのままで!」
高嶺の注文が多くて、時間がかかりそうだった。
「とりあえず、急ぎのものだけいってきます」
「なんかこれ、細かいところ吸いにく・い」
波野先輩は掃除機を担当する。
「え……? じゃぁ
「百貨店の初売りで買った、お得だけれど高い茶葉だったからって泣いています」
「ほんと、困った先生だよね……」
「おまけに、いつもと違う紅茶を飲みたいって暴れはじめて……」
「それで、お使いなの?」
「コンビニの新商品のペットボトルで済むなら、それでいいと思ったんです」
まったく。寒いのに、面倒ですよ……。
僕が続けて、そういいかけたとき。
もう一度強い風が吹いてから。
ふと、気がついた。
「そういえば、都木先輩はどちらへ?」
すると先輩は、うれしそうに僕を見て。
「自習時間の、気分転換だから……決まってるでしょ?」
「へ?」
「海原君と、コンビニだよっ!」
そういって、僕の右腕を桃色の手袋でグッと掴むと。
つい先ほどいったばかりのコンビニへと。
また僕を、引きずりだした。
……手袋とかストールとか、マフラーとかコートとか。
寒くないように色々着て。
少し外の風に、当たろうとしていただけだったのに。
……なんだかわたし、運がよかったみたい。
この手袋の『おかげ』で、少し大胆に海原君に触れられる。
でも、この手袋の『せい』で。
……感じられる体温は、少しわかりにくいんだよね。
ひょっとしたら海原君は。
あとで佳織先生に、紅茶が遅いってまた泣かれてしまうかな?
ほかのみんなも……彼を占有してごめんね。
ただ、わがままで申しわけないのだけれど。
それでもいまは、少しだけ。
……わたしの好きに……させてください。
ふたりで向かう、コンビニまでの道のりは。
ひとりでいくときとは全然違って。
あっけないほど……早く着く。
「じゃぁ、外で待っていますね」
「えっ? 入らないの?」
「僕はもう、買うものも特にないですし……」
「わたしも、別にないけど?」
「え? でもコンビニにいくって……?」
決して『察してくれる』ことのない会話を。
いつまでしていても、しかたない。
「ほんと、そういうところは変わらないよね〜」
「えっ?」
まぁ……変わられても、困るのだ。
海原君が、もし。
女の子たちの『空気を読める存在』になってしまったら。
それはそれで……大問題だ。
「別に、気にしないでね」
「は、はぁ……」
「じゃ、戻ろっか?」
「は、はい……」
そういって、反転して学校に戻ろうとしたとき。
「おっ、
うわっ、店内から……よりによって出てきたの?
「あ、新聞部長さん」
「『元』だし! で、なになに。ふ・た・り・で・買い物?」
「いえ、特にないんですけど……あの、一緒に帰られます?」
あぁ……海原君が。
不要なところだけ『気をつかう』。
「ねぇそれって……誰と誰が、『一緒』なの?」
しまった!
思わず声に出した、わたしを見て。
「もう美也ってば、大胆だねぇ〜。しかも受験前なのに、余裕だねぇ〜」
その子がニヤリとすると。
「じゃぁ海原君に、質問します」
あぁ……嫌な予感。
「このあとは『ふたり』がいい? それとも『三人でも』いいの?」
ちょっと……お願いだから余分なことを聞かないでよ……。
ただ、奇跡というか。
いったいどうしたことか。
「あの……すみません」
海原君が、その子に。
「自分がいっておいて、申しわけないのですが……」
わたしと、『ふたりのほう』にしておきますと。
……自分できちんと、答えてくれた。
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