第三話


 ……始業式の朝、気分転換にきた放送室。


 みんなが式の準備に出ているあいだに、過去問を解き直していると。

 なんだかかわいいノックの音が、聞こえてきた。


 扉を開けると、『制服姿』の女の子が立っている。


市野いちの千雪ちゆきさんだね、都木とき美也みやです。よろしくね」

 予想より少し髪が長めのその子は、一拍置いてから。


「ええっ! 本物ですか?」

 なんだか面白いリアクションで……わたしを見る。



 放送室に招き入れたその子は。

 制服を『着るのが』久しぶりで、ちょっと時間がかかったとか。

 由衣ゆいにはスマホで連絡したんですとか色々話しながら。

「ほ、本物なんですよね!」

 まだわたしを見て、驚いている。


「直接会うのは……はじめてだよね?」

「一メートル以内にも、何度か接近はしています」

 なんだかわたし、展示物みたいな扱いだけど。


「『千雪』、よろしく」

「『美也ちゃん』……こちらこそよろしくお願いします」

 どうやら放送部の『作法』はすでに完璧で。


 ……悪い子でないのは、よくわかった。




「えっと。いまからわたしも。講堂にいけばいいですか?」

「それが、海原うなはら君の指示はねぇ……」

 彼の意図は、ある程度わかるけれど。

 ちょっとくらいわたしだって……緊張するんだけどなぁ……。


「美也ちゃんとお話ししておく……ですか?」

「らしいよ。海原君が、とりあえず昨日なにがあったかとかを、説明してだって」

「……わかりました」

 千雪が放送室の天井を少し眺めて、記憶を整理すると。

「でははじめさせていただきます」

 えらく真面目な顔で、語りだす。



 佳織かおり先生と響子きょうこ先生は、朝が早すぎて車の中で寝ていたので。

 『キャンプファイヤー』は不要だろうと。

 クリスマスツリーは、大雑把に解体してから体育館裏に運んだらしい。


「女子バレー部との共同作業だったの?」

「わたしの移籍祝いというか……陽子ようこちゃんと夏緑なつみの移籍祝いというかで……」

「それが、材木運びなの?」

「まぁ、体力づくりにもなりますし。栗木くりき若葉わかば部長って、そういうの好きなんで」

 みんな変わった趣味があるんだ。

 まぁ、それはそれでいいのだけれど……。


「なんか海原君って、いっつも女の子に囲まれてるよねぇ〜」

 つい、ポロリと出てしまったわたしの本音に。


 ……千雪の肩が一瞬、ピクリと反応した気がした。



「ま、まさかねぇ?」

「えっ、なにがですか?」

「あ、なんでもない。それで、その続きは?」


 千雪によれば、そのあと。

「せっかくきたからと、三人は掃除して帰ったそうです」

 なるほど、どうりでいつも以上に放送室がキレイなわけだ。


「じゃぁ……千雪は?」

「バレー部最終日ということで。練習して、それからカラオケにいきました」

 なるほど。

 カラオケ、かぁ……。


「放送部でいったら、『大惨事』になったからねぇ」

「そうなんですか?」

「あ。前作『悲しむだけでは、終われない』の第四章あたりかな?」

 わたしは、さり気なく作者に代わって作品の紹介すると。


「じゃぁ改めてまして、放送部にようこそ!」

 そういって千雪にほほえみかけた。



「おかげさまで、きちんとバレー部を『卒業』できました」

 千雪は、真剣な顔でそういうと。

「あ……いまのはごめんなさい!」

 慌ててわたしを気づかってくれる。


「ときの流れには、あらがえないからねぇ……気にしないで」

「す、すみません」

 とまぁ、ひととおり話しを終えたところで。

 タイミングよく内線電話が光ると。


「都木先輩。あの、よかったらおふたりで……」

 海原君が、始業式の『見物』はどうかと誘ってくれた。




 千雪とふたりで階段をおり、渡り廊下へと進んでいく。

 すると、カエデの木の近くで海原君がひとり。

 わたしたちを待ってくれている。


「理由は今度説明するけれど、大切な場所なんだ」

 千雪にそんなことを話した海原君は、そのあといきなり。

「ええっ!」

 いったい、なにに驚いたの?


「せ……制服なんだ……」

「う、うん」

 千雪の姿に、『いま』気づいた彼は。

「せ、制服だ……」

 そういって、『まだ』驚いている。


「な、なにか変だった?」

「いや、制服だね……」

 ねぇ海原君、ジャージ姿しか知らない女の子を見て驚いてもいいよ。

 でもね……。



 ……ちょっとその反応、長くないかな?



 千雪が先に、我にかえると。

「し、式がはじまりますよね?」

 そういって、やや早足で先に歩きだす。


「ねぇ? わたしも制服ですけど?」

「え、ええ……都木先輩も、そうですね」

 大抵は鈍い海原君に、この程度の嫌味はつうじない。


 ただ、たまに彼ってば。

「新学期ですもんね……」

「えっ?」

「『裾』のアイロンが、『このあいだ』よりしっかりかかってるなって……」

 最後に会った、『十二月二十八日』。

 わたしが『スカートの裾』を当てて帰った、あの日のことを……。


 ……ここで口にするわけ、海原うなはらすばる



「う、う、う……海原君」

「はい?」

「き、きき昨日は。バレー部の女子たちに囲まれてたんだって?」

 必死に話題を変えようとするわたしに気がつかない彼は。

「いえ。それは『たまたま』です」

 サラリと答えてこちらを見る。


 あぁ、海原君って。

 ほんと……よくわからない……。



 ……スカートの裾に気づいのも、『たまたま』なのだろうか?


 単純に聞けば済むことが、たまに素直に聞けなくて。

 それでも、なにか主張したかったわたしは。

 歩きだしかけた彼のうしろで。


 気づかれない程度に……スカートの裾を振ってみる。



 すると、その風など感じるはずのない勢いなのに。

「ん?」

 彼がそういって、立ち止まると。

「静電気かな?」

 そうつぶやいてから、足元を見た。



「どうかしたの、海原君?」

「い、いえ。気のせいです」

「そっか、気のせいなんだ」


 ……わたしは、違うと思うけれどな。



 なにかが伝わった楽しさが、うれしくて。

 わたしの足取りが、軽くなる。


「千雪、先にいかないでよっ!」

「え、ええっ!」

 照れ隠しにわたしは、その子の腕をしっかりとつかむと。

 海原君に出来ないかわりに、思いっきり。



 千雪に抱きつきながら、歩き続けた。





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