第二話


 ……すでに判明した事実だが。女子バレー部の『正装』は、ジャージである。


「あの……春香はるか先輩?」

 海原うなはら君が、念のためもう一度聞かせてくれといって。

 わたしたちが、登下校も授業中もジャージ姿で。

 おまけに頭におそろいのバンダナをつける理由を聞いてくる。



「うーん、とりあえずそういわれたからそうかなって」

「なんか……『変』じゃないですか?」

 それは、どうだろう?

 まぁそれで許されるうちの学校って、ちょっと『変』だけど。

 きっとその程度の『変』があちこちに転がっている。

 それがこの……『丘の上』じゃないの?


 海原君のその表情は、まだ納得というか理解できていなさそうだけれど。

「これがバレー部の『制服』なんだよ」

 そういうと、彼なりには合点がいったらしい。


「それより、なにしてるの?」

 月子つきこ由衣ゆいを加えて、三人が説明してくれて。

 やっぱり放送部も十分『変』なんだと。

 わたしは自分の古巣について改めて、色々と理解した。



「あれ? 佳織かおり先生は?」

 ふと気づくと、先生が消えている。

 海原君、それはね……。

 ノコギリだけ置いて、間違いなく先生は逃げ出した。

 だって、わたし知ってるもん。


美也みやちゃん、キャンプファイヤーっていうか。そういうの苦手だよ」

「えっ?」

「そうなんですか?」



 みんなはもう、とっくに慣れてしまったんだろうけれど。

 美也ちゃんってほら……昔から無駄にかわいいから。

「知らない男子とか、知ってる男子とか、とりあえず男子全般とね……」


 ……オクラホマミキサーとかするのが、嫌なんだって。


「オクラホマ・ミキさん?」

陽子ようこ。誰なの、それ?」

 海原君と月子が、意味不明だという顔をするけれど。

「あのね、人名じゃなくてね……」


 同じ県の義務教育を受けてきたはずなのに。

 まったく、このふたりは別世界の生き物だ。

「いい? フォークダンスの定番なんだけど……」

 わたしが、しかたなく説明に入ったそのとき。


「アンタさぁ!」

 由衣ゆいが突然。

「わたしと踊ったよね!」

 そういって、会話に乱入してきた。






 ……玲香れいかちゃんと違って、アンタと『おままごと』とかしたことないけどさ。


「中一も二年も、三年だって踊ったよね!」

 特に中三のときを思えば、まだ五百日も経ってないはずなのに。

「それ忘れてるって、どういうこと?」


「えっ……高嶺たかね。三年のときって、阿波踊りじゃなかったか?」

 そ、そうだっけ?

 わたし間違えた?


 ……っていうか。


 なんでそんなことを覚えているのに。

 肝心のことは、覚えてないわけ?



 中一のときは、いきなり見本になれとかいわれて。

 アンタとなんか、全然息が合わないから。

 なんでか知らないけど、次の練習までに覚えるように担当の先生にいわれて。


 アンタとわたしで。

 無駄に放課後、教室で練習したじゃん……。



 も、もちろんなにもないよ。

 ふたりでエアーなんとかとかいって。

 できるだけ手があたらないようにとか?

 なんかその……い、いい協力関係だったのは。


 ……わたしは、覚えてるんだけど?



 ちっとも覚えていなさそうな、そのとぼけた顔に向かって。

 もう少し言葉をつなごうとした、そのとき。




「お、おはようございます!」


 びっくりするくらい、まっすぐに声が聞こえてきて。



 バレー部の栗木くりき若葉わかば部長と、あと。



 ……市野いちの千雪ちゆき


 わたしと同じ、一年生のその子と。



 ……思いっきり、目が合った。






 ……バスを降りて、並木道を歩いていたら。


 放送部の人たちの姿が向こうに見えた。


 ちょっと人数が少ないけれど。海原うなはらすばる君はちゃんといて。

 たいていは姿勢のいいはずの三藤みふじ月子つきこ先輩は。

 なぜだか少し体を傾けて、右手をうしろ髪にあてている。


 そして、高嶺由衣さん。

 なんだか少し、顔が赤くない?


 それにようすが、ちょっと変。

 あと、視線が完全に。


 ……あの彼にだけ、向いていた。



 だから思わずわたしは、あいさつをしようと。

 そう思っただけなのに……。


 自分の声が、思いのほかまっすぐ伸びていくと。

 みんなの視線が一気にわたしに集まって。



 ……彼女と思いっきり、目が合った。



「お、おはようございます!」

 もう一度みんなにあいさつすると。


 彼女からの返事だけが、少し機嫌が悪そうな感じがする。



「千雪。ちょうどいいから、いま発表しちゃったら?」

「えっ? 部長……いまですか?」

「だってあの連中、なんか暇そうだし」

 そういうと部長は。


「ねぇ、放送部。ちょっとこっち注目!」

 元々注目してくれている人たちに、もっとこっちを見ろと声をかけている。


 ……あぁ。もうわたし、いま宣言するしかない!


「放送部に、入部したいです!」


「は、はい」

「……好きにしなさい」

 すっごい……あっさり返事がきた。

 ただ、あの……。



「ウチの部長と副部長が返事したんでしょ。どうぞ」

「……なんで高嶺、機嫌悪いの?」

「そんなことないし!」

「由衣は元々、感じ悪いわよ」

「違いますし! たまたまです!」


 それから、高嶺由衣さんは。


「あぁもう! なんか調子狂うっ!」

 そう叫んでから。


「ちょっと『千雪』!」

「は、はい……」

「フルネーム禁止! 読者のみなさんだっていい加減、名前わかったから!」

「え、ええっ?」


「放送部はね! 『みんな』下の名前で呼ぶの! 先輩は『ちゃん』づけ!」

「ええっ!」

「命令! じゃなきゃわたし千雪の入部認めない!」

 そうやっていうから、つい……。


「ねぇ……『由衣』!」

「なに? 千雪!」

「わ、わたし……いきなり『昴』なんていえないっ!」

「なんでそうなるのよ! あのバカだけは別枠だしっ!」


 ……あ、あ、ああああっ。呼んじゃったあとでいわないでよ。



「……いいこと、千雪」

「は、はい……『月子ちゃん』」

 ど、どうしよう。

 右手をうしろ髪にあてているのって、怒りのポーズだよね?


 まさか、入部のお願いをした瞬間。

 いきなり怒らせちゃうなんて……。


「あの……市野さん」

「はい、『昴ちゃん』」

 なにかいい間違えたけど、海原君はやさしいから。


「三藤先輩は、ちょっとうしろの髪の毛がハネているだけで……」

「あぁ、『寝癖』だね」

 つい……普通に会話してしまった。



 その瞬間、月子ちゃんが。

「……なんですって」

 目から藤色の光線を放ちながら、一歩前に出ると。


 ……足元にあるノコギリの前で、立ち止まった。






 ……千雪はどうやら無事に、放送部に馴染んでいけそうだ。


「若葉、この状況でどこからその感想につながるの?」

 陽子が不思議そうな顔で、わたし聞くけれど。

「いまさら千雪が、バレー部に戻ると思う?」

 わたしは逆に、陽子に聞いてみた。



「そうだねぇ……」

 陽子は、苦笑いしながらわたしを見ると。

「ところで若葉」

「どうした?」

「そもそも千雪って、どうして放送部にいきたかったの?」

 意外と大事だけれど、誰も聞いてこなかったことを聞いてくる。



「さぁ……わたし知らな〜い」

「そっか……」

 陽子は、放送部で『色々と』乗り越えてきたから。

 それ以上深くは、わたしに聞いてこなくて。


 こうして、この日。




 千雪は『無事に』……バレー部を卒業した。





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