第九話
……わたしの名前を、覚えてくれていた。
「
「せ、正解です……
隣にいる
わたしは恐る恐る、答えてみる。
落ち着いたアンティークゴールドの振袖が、白い肌にとてもよく似合っている。
整えられた髪型も、ちょこんとのせた花飾りもすべて含めて。
先輩は明らかにかわいい、いやむしろ美しい。
ただ……。
「それで、こんなところまで『ジャージ』でなにしにきたのかしら?」
キターっ!
いろんな人たちから、噂には聞いていたけれど。
まったく容赦ない上に、超絶無愛想なそのいいかた。
その一撃だけでわたしはもう、三藤月子先輩の凄さにある意味。
……感動した。
「え? 必勝祈願を兼ねた初詣」
「目的は興味ないわ。『ジャージ』の理由はどうしてなの?」
「だって、うちらの『正装』じゃん」
「……寒くないの?」
「中に着込んでるから、平気!」
うちの部長も、負けていない。
三藤月子先輩は会話が苦手。
いや、そもそも放送部員以外とは話すことさえしないはずなのに……。
部長は、ちゃんと認識されている。
コミュニケーションが、取れている。
きちんと『通信』できるなんて……なんだかすごい。
それに
どうしよう、着物でメチャクチャかわいい人たちがゾロゾロとやってくる。
ただ、やっぱりそこは放送部。
理由はわからないけれど……みんなクロワッサンを手に持っている!
「市野千雪ちゃん、いつもフルネームで呼ぶの好きだよね」
た、高嶺由衣さん……。
そ、そんなことまで覚えてくれているの?
実はわたしね、誰も覚えていないかもしれないけれど。
ちゃんと一作目から、モブキャラしてたよ。
二作目の『告白したって、終われない』とか。
第一章第一話でいきなり一緒に、『共演』させてもらえてたもんね!
「……ねぇ、あなたの後輩。相当ややこしくない?」
「月子ほどじゃ……ないよね、千雪?」
「は、ハイっ!」
「……なんですって?」
「え、えっ……」
どうしよう、どうしよう……どうしよう?
わたしまた、三藤月子先輩に。
すっごくにらまれている気がする……。
「……で、千雪ちゃんはなにしにき・た・の?」
「えっ?」
今度は、波野姫妃先輩!
噂どおりだ……『作り笑顔』がとってもかわいい。
「いま……なにかちょっと失礼なことい・っ・た?」
「い、いえ……」
「だ・よ・ねぇ〜」
……放送部の人たちって、やっぱり人の心を見抜くのが上手なんだ。
だったら、正直に話しておかないと。
「は、初詣と、必勝祈願です……」
「ウソっ!」
嘘じゃないし……それにさっき、うちの部長がいった気がするけれど?
「ウソっ! ウソっ!」
なぜか高尾響子先生が小躍りして喜んでいて。
「ほらね、海原君! ご利益とか由緒があるって、こういうことをいうんだよ!」
海原昴君に、『神社について』自慢している。
……わたし、誤解とかされるの……苦手なんだよな。
ちゃんと訂正しておかないとダメだ。
「あ、あの! 高尾響子先生違うんです!」
「えっ?」
「
「う、うん……」
「あと、わたしたち人混みも苦手なので……」
「それで、それで?」
どうしよう……なんだか、さっきから。
藤峰佳織先生の顔がどんどん近くなってきている。
でも、正直に生きていきたいわたしは。
「ネットで、『いつでもガラガラ』っていう口コミ見てきただけです!」
誤解のないように……はっきりとそう答えた。
……波野先輩が、僕の隣で必死になって笑いをこらえている。
「そ、そっかぁ……」
力なく返事した高尾先生を。
高嶺と玲香ちゃんがなんとかして、支えようとしている。
「えっ! えっ? ええええっ……」
市野さん、事実だからまったく悪くはないよ。
ただ、『この神社』はね……。
「ここ、響子先生のご実家よ」
やっぱり……三藤先輩は、容赦ない。
無言のまま空を眺めている市野さんを。
栗木部長が、楽しそうに見つめている。
「参拝記念に、一緒にきなよ!」
藤峰先生が、スイッチを切り替えると。
「お雑煮、たくさんあるからついてきて!」
親友の高尾先生を、引きずっていく。
「わたしたちも、食べにいこう!」
高嶺はきっと、先になくなると困ると思ったのだろう。
「せっかくだから、一緒にどう?」
玲香ちゃんが、バレー部のふたりを誘うと。
「月子は気にしなくていいから・ね・っ!」
波野先輩がなにかいっているけれど、まぁ……いまはそれでいいだろう。
「ご厚意に……甘えさせてもらいます」
栗木部長は、そう答えたものの。
「ただ……わたしはちょっと海原部長に相談があるから、先にいってもらえる?」
「えぇっ……」
市野さんが、死刑宣告されたような顔になっている。
「大丈夫だよ。月子以外はみんなやさしいから」
「そうそう、いいから、いこう!」
「おいでお・い・で!」
玲香ちゃんと高嶺と波野先輩が、両腕を引っ張って市野さんを連れていく。
「わたしは、残りますけれど」
「ねぇ月子、わたしは海原部長と相談したいんだけど?」
「わたし、副部長よ?」
「……まぁ、事実だよね」
栗木部長は、それには納得したようで。
お雑煮へと進軍するみんなに手を振ると。
「実は、千雪のことなんだけど……」
……そういって、ゆっくりと僕たちに語りはじめた。
……お雑煮の残りが、最後の一周となった頃。昴君たちが戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「玲香ちゃん、ありがとう」
昴君がきちんと両手でお椀を受け取ってくれるのは、昔からずっと変わらない。
小さい頃に一緒に遊んだおままごとを、ふと思い出して。
「あ、ごめんね。ちょっと待って」
わたしは急いで、お雑煮から
「昔から、得意じゃないもんね」
「覚えてくれていたんだ、ありがとう」
西洋にんじんは嫌いで、金時にんじんは得意じゃないと。
まとめてにんじんは食べたくないとまでは、いわないんだよね。
……昴君は昔から、ちょっとしたときに妙に細かい。
わたしたちのやり取りに気づいた何人かが。
たぶん今頃昴君の『好み』について、データーを更新したみたい。
別に、出し惜しみはしていない。
ただ小さなときに過ごした時間は、『ふたりだけのもの』だから。
聞かれない限りは、教えてあげないからね。
わたしを見つめていた視線の中に、慣れない雰囲気のものが含まれている。
このときのわたしは、気のせいなのかと思っていたけれど。
……女の直感を信じておけばよかったと、あとで思った。
ただそんなことを知るのは、まだまだ先で。
この日はみんなであたたかいお雑煮を。
お腹いっぱい、いただけたのが。
……わたしの中の、『お正月の思い出』だ。
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