第十話


 ……まったく……放送部の連中はにぎやかだ。


 明日からの練習に備えて、先に帰ると伝えると。

「ねぇ、若葉わかばが帰るって」

「じゃぁ市野いちのさんだけ、残る?」

「い、いえ。わたしも失礼します」

「そうなの?」

「帰るって」

「送りにい・く・よ!」

「わたしもそのまま……おいとましようかしら」

「じゃぁ僕もそろそろ……」

「アンタは、片付けだからダメ!」

「ついでに本殿の掃除も頼んでいい?」

「あと、パンが足らないよパン!」

 みんなが次々と話しはじめて、頭が混乱しそうになる。


 ……ただどうやらそれは、放送部では日常のことらしい。




 振袖軍団に見送られ、駅の改札を抜けると。

 踏切の音が、聞こえだす。


「ちょっと海原うなはら君! 最後まで見送ろ・う・よ!」

 ほかには誰もいない駅の周りに、姫妃ききの声がよく響く。


「単線でいき違いするんで、まだすぐには列車は出ません!」

 よくわからないけれど、海原君には目的があるらしい。

「アンタ、そういう問題じゃないでしょ!」

 もっとも高嶺たかねさんには……つうじないようだけれど。



 プラットフォームの柵越しに、なにをもめているのか玲香れいかに聞くと。

「若葉、それがね……」

 珍しくデジカメを持ってきたのは『わたしたちのため』だと思っていたのに。

すばる君がね、電車撮るためだっていうんだよ」

 そう答えて不機嫌そうな顔をする。


「どういうこと?」

「新年限定の……ヘッドマークっていうの? 列車の前に看板があるんだって」

「じゃぁあのカメラ、それを撮るためだったの?」

「らしいよー」


 ……まったく。女子高生の振袖姿だって……『期間限定』だろうに。


「おい高嶺たかね! そこに立たれたら撮れないだろ!」

「わたしと一緒に撮ったらいいでしょ!」

波野なみの先輩、少しでいいからずれません?」

「いや・で・す・ー」

「ええっ……も、もうきちゃうのに〜」


 ちゃっかり月子つきこも、彼のカメラアングルを無言で邪魔していて。

 わたしは思わず、声をあげて笑ってしまう。



 到着した列車に乗ると、確かに海原君も戻ってくる。

「それではまた……次は始業式あたりですかね?」

 開いたドアから、彼の声が聞こえてきて。

 手をあげるわたしの隣で、千雪ちゆきが控えめにうなずいている。


 扉が閉まり、列車がゆっくりと動き出す。

 神社の鳥居の前で、振袖姿の先生たちが。

 狛犬こまいぬの隣で、両腕を思いっきりこちらに振っている。

 もちろんそこには、走って追いついたわたしの友人たちも手を振っていて。


 ひとり間抜けな部長が、大好きなはずの列車に『背を向けさせられて』。

 みんなの姿をデジカメで撮影する羽目になっている。


「……海原昴君は、災難ですね」

 窓から小さく手を振りながら、千雪がいうけれど。

 わたしは大きく手を振りながら……。


 あの連中の部長でいるんだ。

 もし無理だったらとっくに、逃げ出しているだろうと。

「ないない」

 そういって、思わずニヤリとする。



「……なぁ千雪」

「はい」

「必勝祈願、一緒にきてくれてありがとう」



 ……千雪はもう、十分バレー部で頑張った。



「この前、一緒に全勝できませんでしたので……」


 年末の対抗戦で、全勝しましょう。

 それから、ずっと好きだった先輩に告白してください。


 わたしを、そうやって勇気づけてくれたのは千雪だ。

 ただ……。



 ……『わたしの恋なら、終わらせた』。




 わたしが好きだった『あの先輩』には、もっとふさわしい子がいる。

 しかもいま、『その子』はわたしのチームメイトだ。


 放送部からきてくれた、春香はるか陽子ようこ

 わたしの親友に、わたしの恋はもう譲り終えた。



 そしてもうひとり、鶴岡つるおか夏緑なつみ

 思いがけない逸材が、放送部から同時にやってきた。

 予想したこととは違ったけれど、放送部からふたりも奪ったんだ。


「すみません……わたしの責任です」

「違うよ、千雪。これは単なる偶然だよ」



 千雪は、いいヤツだ。

 春の体験入部で友達に連れられてやってきたときにすぐにわかった。

 真面目で、練習熱心で。

 気づいたら誘った子たちがいなくなっていても。

 責任感からか、人数がギリギリだからとバレー部に残ってくれた。



 ……ただもう千雪の居場所は、わたしたちの場所じゃなくていいんだよ。



「そんな! わたしバレー部、好きですよ」

「でもそれ以上に、『放送部』に興味があるんじゃないか?」


 もう、隠さなくていいから。

 このあいだも、きょうも。

 ずっと前も、いつだって。



 ……千雪の目が、『放送部』を追いかけているのは知っていたんだ。



「目標があれば、忘れられると思って……」

「それが全勝して、わたしに告白させるとか。ちょっと『変』じゃない?」

 ただその『変』が、千雪のいいところで。

 そしてきっと、その『変』は。


 ……『放送部』なら、もっと活かされるよ。



「新年度に、必ず部員を増やす。それまでのことも心配しなくていい」

「でも……」

「もう、部長と副部長には話してある」

「えっ?」


 いや、三藤みふじ月子つきこ

 あの子はすでに、わかっていた。



「ふたりもらったから、ひとり返すとかはやめて」

「えっ?」

「月子がね、わたしより先に。そういったんだ」



 ……陽子と夏緑は、自ら選んで放送部を『卒業』しただけなの。



「それに『卒業』したって、それで関係は終わりじゃないわよ」


 月子は、そういったあと。

 まるで自分にいい聞かせるように。



「卒業したって、終われない」



 ……小さく、口にした。




「なんだかバレー部と、放送部の話しじゃ……ない気がしませんか?」

「千雪もそう思った?」

「は、はい」

「そっか……」

 わたしは、あえて千雪には聞かなかったけれど。

 自分がその『渦の中』に入っていく自覚って、あるのかな?



 ……でも千雪はわたしが思っていた以上に、『覚悟』があったのかもしれない。




「まぁあの部活には、都木とき美也みや先輩がいらっしゃいますもんね」

 もうすぐ卒業を迎える、その名前。

 放送部では『特別な意味』を持つ、その名前。


 千雪が自ら、口にしたということは……。


 なんだ、わたしの心配なんて。

 きっと、余計なお世話だったのか……。






 ……『たまたま見つけた神社』にいっただけ。


 そう、これはただの偶然のはずなのに。

 まさか……こんなことになるなんて。


 栗木くりき若葉わかば部長が、笑顔でわたしを見てくれる。


「あっちの副部長は、キツイぞぉ〜」

「はい。でも副部長以外も十分キツイです」

 わたしが、そう答えると。

「千雪はホント、『変』だよね!」

 部長は顔をくしゃくしゃにして……笑ってくれた。




「……千雪、お帰り」

「お父さん、ただいま」

 リビングで、のんびりと本を読んでいた父に続いて。

「あら、お帰りなさい」

 キッチンから母親が、顔を出す。


「お母さん……ちょっとあとでお願いがあるの」

「あら、なに?」

「あのね、わたしの『制服』なんだけど……」

 話しを聞いていた父親は、不思議そうな顔でわたしを見るけれど。

 母のほうは、なぜか心当たりがあったのか。


「クリーニングしてありますよ」

 笑顔ですぐに答えると。


「出しておくので、お風呂のあとにでも着てみたら?」



 そういって、キッチンへと戻っていった。





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