第3話 スリーブ無いのは罪だけど

「それ、裏。あと、そこは飾り」


 細い指が、俺のカードと置き場を的確に指し示す。


 言われて初めて気づいた。カードを置いていた場所には、よく見ると小さな文字で『このパネルはゲームに使いません』とシールが貼られている。ただの装飾ダミーだったのだ。


 恥ずかしさで顔が熱くなる。俺は即座に、本物のカード置き場――手前のフラットパネルにカードを移動させた。


 しかし、またしてもカードは読み込まれない。


「……話、聞いてた?」


 少女の声から、呆れを通り越して軽蔑の色が滲み出る。


「『裏』だって言ったでしょ」


 指摘されて、ハッとする。

 俺はまごまごとカードをひっくり返した。


 すると――。


「キラリン♪」


 マシンが、待ってましたとばかりに反応した。画面のキャラクターが、カードと同じデザインの衣装にチェンジする。透明だった星のマークが色付く。


「お、おお……」


 初めて筐体が反応してくれた感動も束の間、画面に新たな指示が現れる。


『リズムに合わせてタッチ!』


 円形のタイミングサークルが、中心に向かって収縮していく。そして『ここだ!』という文字がポップアップ――


 俺はあっけなくタイミングを逃した。


 残酷な『MISS』の表示。


「あ……」

「今!」


 少女の合図に、反射的に他のカードを動かす。

 だが焦るあまり、置いてあったカードの上に重ねてしまった。


 ブブーッ!

 情けないエラー音が鳴り響き、画面に『カードをしっかり置き直してね』という警告が出る。


「違う、重ねたら読めない!」


 もう頭の中は真っ白だった。

 右も左も、何をどうすればいいのかも分からない。


「はい、それズラして!」


 少女の命令が飛ぶ。


「そのカード!」


 言われるがままに、三枚目のカードを手に取る。


「はい今!」


 タイミングサークルが重なると同時に、カードをスライドさせる。


『PERFECT』の文字が画面に弾けた。


「次、左!」「チェンジ!」「はい、クルッと円を書いて!」


 矢継ぎ早に飛んでくる正確無比なオーダー。

 俺はもう、彼女の言葉に従って動くだけの操り人形と化していた。


 でも不思議なことに、さっきまでのグダグダが嘘のように、コンボが繋がっていく。ゲージが順調に上昇し、ポイントがどんどん加算されていく。


 そして、音楽のクライマックスと共に、画面が金色の光に包まれた。


『ごうか〜く!』


 ファンファーレが鳴り響き、紙吹雪のエフェクトが画面を埋め尽くす。直後、筐体の下部から、コトン、コトンと連続して音が鳴った。


 排出されたのは、鈴が貸してくれたのと同じく、キャラに着せるアクセサリー、トップス、ボトムス、シューズの四枚セット。


 あでぃおすフェス限定カード《サマースペシャル・ひなみん》


 虹色にきらめくホログラム加工。浴衣姿のひなみんが、カードの中でとびきりのポーズを決めている。


「……助かった。本当にありがとう」


 俺は息も絶え絶えに礼を言った。

 全身から力が抜けて、台にへたり込みそうだ。


 少女はすでに自分のプレイを終えたらしく、椅子に座り直してカードの整理をしている。俺の礼に対しては、興味なさそうにちらりと視線を向けただけだった。


 俺も撤収のために、排出されたばかりの四枚のカードをまとめて掴み、そのままケースに入れようとしたら――


「……転売ヤー?」


 彼女の目が、疑惑でスッと細められる。


「は?」

「スリーブも持ってないとか怪しい。カードなんてすぐ傷ついちゃうのに」


 少女は心底不愉快そうにため息をついた。


「愛がない証拠。そんな扱いする人、プレイヤーじゃない」


 スリーブ。そういえば鈴に渡されたカードも入れられていた、透明な保護フィルムのことか。

 そんなもの用意してくるなんて発想、あるわけがない。


「ち、違う! 俺は転売ヤーじゃない!」


 必死に弁明する俺を、少女は値踏みするような眼差しで睨みつける。


「妹に頼まれたんだ。今日来れなかった妹の、鈴の代わりに。合宿で県外に行ってて、どうしても限定カードが欲しいって……」


 言葉を重ねれば重ねるほど、言い訳らしく聞こえる自分が情けない。

 重要アイテムなら、カードと一緒に渡しといてくれよ、我が妹よ……。


 少女は「ふーん」と、どうでもよさそうに鼻を鳴らした。それでも、瞳の奥から刺すような険は消えた気がした。


「――ま、スリーブ無いのは罪だけど」


 そう吐き捨てて、彼女は自分のカードファイルに向き直った。


 俺は手元の限定カードを、改めて眺める。

 光の加減で七色に輝く表面は、確かに芸術品のように美しかった。


「……それにしても」


 思わず、独り言が漏れた。


「子ども向けって侮ってたけど……案外面白いもんだな」


 必死にタイミングを合わせ、コンボが繋がった時の爽快感。『PERFECT』の判定が出た時の達成感。それは、ゲームの種類や対象年齢に関係ない、純粋な楽しさだった。


 俺の呟きに、隣でカードを整理していた少女が、小さく口の端を上げた。


「でしょ」


 その声には、ほんの少しだけ得意げな調子が含まれていた。まるで、自分の大切なものを認めさせた時のような、誇らしげな余韻。


 少女はカードを一枚一枚、丁寧にスリーブに入れ、それをさらにカードファイルの所定の位置に収めていく。手つきは慣れたもので、一つ一つの動作に、カードへの愛情がうかがえる。


 全てを片付け終えると、椅子から立ち上がった。


「じゃあ」


 それだけ言って、くるりと踵を返す。「またね」とか「頑張って」とか、そういう社交辞令は一切ない。


 ただ――。


 立ち去る間際、何かをそっと筐体の上に置いていった。


 よく見ると、スリーブが四枚。


 俺は呆然と、少女の小さな背中を見送った。絹糸のような黒髪が、歩くたびに揺れている。やがてその姿は、人混みの中に消えていった。


 台の前には、祭りの後のような静けさが戻っていた。

 次のプレイヤーが案内されるまでの、短い空白の時間。


 そんな沈黙を、一つの悲鳴が切り裂いた。


「なんで反応しないんだ!?」


 少し離れた場所から聞こえてきたのは、さっき列で「パパに任せなさい」と胸を張っていた父親の狼狽だった。


「パパ、タイミング! 今! 今だってば!」

「今? い、今!? ぎぃやぁぁあああああ!」


『しっぱ〜い……また遊んでね!』


 電子音が情けなく鳴る。


「……パパのばか」


 自然に苦笑していた。

 少女に出会わなかったルートの自分の姿が、そのまま再現されたかのようだった。


 俺は彼女が恵んでくれたのであろうスリーブを手に取り、カードを慎重に入れる。

 透明なビニールに守られたカードは、さっきよりも少しだけ、特別なものに見えた。


 こうして、妹に頼まれただけの退屈なミッションは、予想外の出会いと共に幕を開けた。


 そう、俺はまだ知らなかったのだ。


 あの小さな少女――琴浦凛音ことうら りんねとの出会いが、俺の夏を、とんでもなく鮮やかに彩ってくれるなんて。​​​​​​​​​​​​​​​​

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