第15話

 電車を乗り継いで智衣は、アトリエに向かった。

 アトリエにつき、早速キャンバスに向かって筆を持つが、そこから先が進まない。

 千秋の言葉を思い出して、絵を描くことが出来ない。

 智衣は絵を描くのを諦め、戸締まりをしてアトリエを出た。

 海岸沿いを歩いていると、数人の学生がいた。

 その中に坂登の姿があり、智衣はつぶやいた。

「はじめちゃん」

 坂登《さかのぼり》はじめ。

 高校の国語教師。

 智衣が坂登を見ていると、智衣の視線に坂登は気がついた。

 坂登は少しだけ、ニヤリと笑った。

 そうそう、この不敵な笑み。

 やっぱり、はじめちゃんだ!

 思わず智衣は坂登に近づこうとしたが、坂登は生徒と歩き出した。


 アトリエに戻った智衣は、我を忘れて絵を描き始めた。

 その夜、坂登からラインが届いた。

 智衣は、指定された店に向かった。

 店はアトリエから近い、小さなスナックだった。

 店のドアを開けると、カウンターの隅で、坂登が一人で呑んでいた。

 坂登を見つけた智衣は、坂登の隣に座った。

 カウンターの中にいた店のママが、坂登に聞いた。

「あら、はじめちゃんのお友達?」 

「まぁな」

「いつも一人なのに、珍しいわね。あら、なかなかいい男」

「ビールで、良いか?」

 坂登が智衣に聞き、智衣はうなづいた。

 智衣がビールを呑んでいるとママは、違う客の相手をしていた。

「まさか、こんな所で会うとは」

 グラスを置いた智衣が言った。

「この町の中学校で、級外の募集があり、それで赴任した」

「なんでまた、こんな何もない町に」

「もう、あそこには居られない。広瀬は、何故此処に?」

「この町にアトリエがあるから。今日から、アトリエにこもる」

「この町に、アトリエがあったのか」

「やっぱり、俺たちは繋がっているんだ」

 智衣と坂登は、顔を見合わせて笑った。

 二人の笑い声を聞きつけたママが、智衣と坂登の前に来た。

「あらぁ、楽しそうね」

「数年ぶりに、再会をしたんだ。ママ、ビールおごるから三人で乾杯しよう」

「まぁ、嬉しい。じゃあ、ごちそうさま」

 瓶ビールを出したママは、智衣と坂登の三人で乾杯をした。

 乾杯の後、智衣は坂登に聞いてきた。

「この店には、よく通うのか?」

「たまに、通う程度だな」

「はじめちゃんは、数少ない貴重な常連客よ」

 ママの言葉に、智衣は店内を見渡した。

 店内は、町の常連客数名がカラオケで盛り上がっていただけだった。

「これで、よくやっていけるな」

 遠慮なく、智衣は言った。

「言いにくいことを、平気で言うわね。さすが、はじめちゃんのお友達だわ」

 ほろ酔い気分で店を出た智衣と坂登は、夜風に打たれながら歩いた。

 それまで、二人は連絡を一切取り合っていなかった。

「実は、困ったことになった」

 智衣はそれまでの経緯を坂登に話した。

「その女、千秋を殺るか」

 坂登の言葉に、智衣は覚悟を決めた。

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