第13話

「今日は、急な会議が入って遅くなった」

 男は、スーツからラフな服に着替えながら、目の前の千秋に向かってすまなそうに言った。

「仕事だもの。ご飯食べた?」

「会議が終わってから、食べたよ。君は?もしかして、ずっと待っていた?」

「さっき、食べたわ」

「そうか、よかった」

 男は、やさしく微笑んだ。

 男はテーブルの前に座ると、ゆっくりタバコを吸い、吸い終わると思い出したように千秋に言った。

「そうそう。仕事の帰りに、駅前で若い男が目の前で突然倒れたんだ」

「倒れたの?」

「慌てて、起こしてやったよ」

「それで?」

「救急車を呼ぼうとしたんだが、断られたよ」

「大丈夫かしら?その人」

「突然倒れて、貧血でも起こしたのかな?」

「貧血?」

「ああ。痩せたイマドキの若者だったよ。ちゃんとした食事を、していないんだろう。だから、貧血をおこして倒れたんじゃないのかなぁ。ちゃんとお礼を言えたところは、イマドキの若者にしては感心するな」

「おじさんたら、なんだか説教くさい頑固おやじみたい」

 顔を見合わせ、ふたりは笑いあった。

「本当だな。あっ」

 短く言葉を切る男を、千秋はみつめた。

「その若者は、足を引きずって歩いていたな」

「足を?」

「うん。どっちの足だったかなぁ。引きずって、歩いていたよ。倒れた時、足をひねったんだな。捻挫してないと、いいけど」

 心配している男を、千秋は黙ったままじっとみつめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る