第12話
目の前には、海が広がっていた。
平日の昼下がりの海は、とても穏やかだった。
そんな光景を、目を細めあずさはながめていた。
「行くぞ」
我に返ったあずさは、慌てて智衣を追いかけた。
智衣のアトリエが見えてきた。
あずさは、目の前の智衣のアトリエをみつめた。
アトリエは、水色を基調とした建物だった。
入り口の前には三段の階段があり、階段を上がると緑色のドアがあった。
一階の部屋の前にはテラスがあった。
部屋に入り部屋からテラスに出ると、テラスから海を眺めることができた。
「此処が智衣のアトリエ」
あずさは、アトリエを見あげつぶやいた。
智衣は階段を上がり、ドアを開けて入って行った。
あずさは、その後について行った。
アトリエの部屋は画材道具が置かれてあった。
隅にはカウンター式のキッチンスペースがあり、あまり食器が入っていない、小さな食器棚が置かれてあった。
トイレや風呂洗面所も、しっかりあった。
アトリエの隣の部屋には、マットレスが置いてあり寝室だった。
アトリエは平屋で、一人で滞在をするには充分だった。
あずさがアトリエを見渡している間智衣は、窓を開けた。
キッチンスペースに行き、空っぽの中身の冷蔵庫の電源を入れた。
アトリエの中に、既にあずさの姿はなかった。
「此処にいたのか」
智衣の声で、あずさは振り返った。
あずさはテラスに出て、海を眺めていた。
智衣もテラスに出て、あずさの横に立った。
「素敵な場所ね。此処で絵を描いているのね」
「絵を描くだけの場所だから、何もないよ」
「此処なら、集中できるでしょ」
「まぁな。疲れた時とか行き詰まった時海を眺めたかったから、このテラスだけは、こだわったよ」
「できたら、此処で住みたいくらい」
「それは、無理だな。何もなくて、不便な場所だから」
智衣は、笑いながら言った。
「ちゃんとした食事をしていないって、言ったけど」
「少し離れた場所に唯一のさびれた商店街があって、そこで食料の調達をしている。洗濯は、洗濯物が溜まった時、コインランドリーに出かける」
「不健康な生活ね」
「仕方がないな」
夕方前に、智衣とあずさはアトリエを出た。
電車を降りて改札口を出ると、あずさは思い切り伸びをした。
「智衣のアトリエは、静かで居心地が良かったわ。此処は、人が多くて疲れる」
駅前広場を行き交う人々を眺めて、あずさは言った。
「アトリエは、静かすぎて退屈だけどな」
智衣とあずさは笑った。
「もう遅いし、どっかで食べるか」
「そうね。その前にトイレに行ってくる」
あずさは智衣から離れた。
ここはあずさと初めて出会った場所で、智衣があずさに声をかけて全てが始まった。
突然右足に激痛が走り、智衣はそのまま倒れた。
激しい痛みに、声が出ない。
「大丈夫ですか?」
スーツ姿のサラリーマンが、言いながら智衣を起こしてくれた。
「すみません」
智衣はサラリーマンの手を借りて、やっと立ち上がった。
「貧血?救急車を、呼ぼうか?」
「いえ、大丈夫です。本当に、ありがとうございます」
智衣は、サラリーマンに深く頭を下げた。
尚も、心配顔のサラリーマンに智衣はもう一度頭を下げ、あずさが向ったトイレの方に右足を引きずりながら歩いた。
そんな智衣を、サラリーマンは心配そうに見送っていた。
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