第6話
男が女を連れて行った店は、カフェ・レストランだった。
白を基調とした店内で、庭ではオープンカフェをやっていた。
オープンカフェの席が一席空いていたので、男と女はオープン・カフェの方に行った。
イスに座った女は、きょろきょろしだした。
「どうしたんだい?」
「だって、こんなお洒落な店に行くなんて思っていなかったから」
「美容院に行って綺麗になったんだから、こんな店もいいだろ?」
「でもぉ……いつものラーメン屋で、良かったのに」
女の言葉に、男は笑った。
「まぁ、たまにはいいじゃないか。さっ、何にしようか?」
男は、メニューを広げた。
女も一緒に、覗き込んだ。
「……私、オムライスでいい」
「駄目、駄目。ほら、此処にコース料理がある。コース料理にしよう」
「ええ~っ?」
「飲み物は、ワインで、いいかな?」
「う、うん」
オーダーを済ますと、ワインがすぐ運ばれてきた。
ワインは、程よく冷えていた。
「さっ、乾杯しよう」
言いながら男がグラスを持つと、女は慌ててグラスを持った。
「乾杯」
重ねたグラスの音が、涼しげに響いた。
オープン・カフェを出た男と女は、繁華街をのんびり歩いた。
日曜日のせいか、平日より人通りがたくさん出ていた。
男と女は、ゆっくりと買い物を楽しんだ。
帰る頃には、両手にたくさんの荷物を抱えていた。
「こんなに買って、よかったの?」
心配そうに言う女に、男は笑った。
「明日から、自給自足の生活だな」
思わず女は、ふきだした。
「私も、何か仕事をしようかな」
「本当かい?」
「昼間独りで、あのアパートにいるのは嫌だし」
「そうか。嬉しいな」
「明日にでも、就職活動をするわ。どんな仕事をしようかな」
そう言った女は、ふと立ち止まった。
「どうした?」
男は足を止め、振り返った。
「仕事、見つかるかなぁ。面接嫌だなぁ」
不安そうに言う女に、男は笑った。
「大丈夫。あせらずゆっくり、仕事を探すんだ」
男がそう言うと、女は安心したように男に寄り添って歩き出した。
アパートに戻った男と女は、買って来た物をしまった。
男は洗面台の前に立って、若々しくなった髪の毛を気にしていた。
そんな男を、女はじっとみつめていた。
女の視線に気がついた男は、振り返った。
「どうした?」
女はゆっくり男に近づくと、男に抱きついた。
「娘さん……奥さんと一緒に、亡くなったのよね」
「娘が生きていたら、今頃ボーイフレンドのひとりでも、いたんだろうなぁ」
男は、女を抱きしめた。
「……嘘つき」
男の胸に顔を埋めた女は、小さくつぶやいた。
女のつぶやきは、男には届いていなかった。
男の胸から、女は顔を上げた。
「なんだか、亡くなった奥さんと娘さんに申し訳ないな」
「君がそんな風に、感じなくてもいいんだよ。こんな年老いた男を、好きになってくれた君に、私は感謝している」
「おじさん。アタシ、おじさんの為なら、なんだってする!」
「ありがとう。君に出会えて、私は嬉しいよ」
夕日が差し込む部屋の中で、男と女は抱きあっていた。
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