第十八話 諦め
バッと、芳樹が沙良を振り払う。その顔は青ざめていた。
木村は冷笑する。
「救えやしない。救えや、しないんだよ」
沙良は芳樹の持っていた俺を奪う。
「私のぬいぐるみ、返してよ」
冷たく、言い放つ。
そうして二人で家に入っていく。
何にもできない。
芳樹も、俺も。
二人を止められない。もう。
■
おじさんが帰った後。
彼女はぬいぐるみたちを抱いて泣いた。
その感情は。その涙は。
それがどこからくるものなのか、俺には分からない。
俺が彼女にできる、事なんて。
俺には、もう、分からない。
だた、彼女から出る水分を俺に吸わせる事しか、できなかった。
ぬいぐるみたちは黙っている。
芳樹はどうだろうか。
どう――しているだろうか。
■
あの人は知っていた。
私の全てを。
そして。
わかった。
踏みつけにしていたのは私だった。
私はあの人を、過去の全ての人を踏みつけにしていた。
決して向き合わず、
ほんとうを出さず、
偽りだけを述べて。
そしてそれ故に去っていく皆を。
馬鹿にしていたのだ。
恨んで、軽蔑していた。
拒絶した後、気付いた。
そんなのは当然だ。
ああ、馬鹿は私だった。
私は。
おろか、だった。
■
布団の中。丸まって、いた。
冬の朝。僅かな光に、目を覚ます。
朝の光、車の音、椅子の硬い感触、牛乳の甘み、パンが焼ける匂い、――五感。
母さんが用意してくれた簡単なご飯を食べる。
気が付くと、俺はもとの体に戻っていた。
人間。
ピサメの――ぬいぐるみの体じゃない。
芳樹の――人間の体だ。
あいつは諦めたんだ、きっと。だから、――もどった。
悔しい。とても、悔しい。
沙良が
あいつが、アイツが――諦めた事が、無性に。
悔しかった。
大学へ行く気力もなく、街を彷徨う。
導かれるように、あの神社まで来ていた。
拝殿の、大きな鈴。
付喪神のところへ行く。
『おや? 今度は、人の身になったのですね。諦めた、のですか?』
「諦めたのは俺じゃない。ピサメだ。俺はまだ、諦めて――ない」
『はは、面白い、面白いな、人の子――いや、ツクモノマエ、かな?』
確かに、今の俺はどちらなのだろう。人でありながら付喪神の声を聞く俺は。
『お前はどう生きるのか? ツクモノマエとして? 人として? そして彼女を、どう救う?』
「そんなの、わっかんねぇよ」
『お前は傍観者だろう。人だとしても在り方はツクモノマエのそれに限りなく近い』
「俺は、人じゃなくて物だってか」
『お前は只人であった時から人を見てきた。そう。見る、だけ。決して介入なぞしなかったではないか。そんなお前がどう人と関わる? 関わり方なぞ知らぬのに』
「俺、は……」
確かにそうだ。
俺には何もできない。術を、もたない。
でも……
「やれる事は、あるさ」
『そうかの? ははは』
そんな付喪神に、俺は踵を返した。
『去るか。――それも一興。もう会うことも、無いかもしれぬな……』
まだだ。昼からなら――大学は、間に合う。
■
講義室に入る。
ここが彼女と被る講義の筈だった。
講義室をぐるりと見やる。
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