第十七話 うそと、ほんとう。

 ――芳樹が目を細め、路地から出る。


 おじさんはインターホンを押している。


 ――俺らには、気づいてはない。


 おじさんは沙良が出るのを待っている。


 ――俺らは、その背後まできた。


 玄関から沙良が顔を覗かせる。


 芳樹が息を、――吸った。



 芳樹は吐く息と共に言う。

「こんにちは。――沙良」


 努めて――平静にしているんだろう。


「芳樹君。なんで……」

 沙良の青ざめた顔が見える。


「そのおじさんは、だれかな?」


「あっ……と、私のおじさんで……」


「そうなんだ、僕は……」 



「うそ」

 おじさんの抗弁を遮り、芳樹は言う。



「パパ活なんて、やめなよ」


「そんな、事」

 沙良は目を逸らしている。


 何から逸らしているんだ。芳樹? おじさん? 親? それとも、――現実?


「知ってるんだよ、全部。いつも、ラブホテルであってるでしょう」


「そんっ……」

「木村公彦さん。■▲会社勤務で妻子持ち。妻は――」



「――もういい。私の事を、よくも調べ上げたもんだねぇ。ナイト気どりかな? 可愛いもんだね」


 おじさんはびくともしない。ニコニコと、余裕の態度。お前の事なぞ、とるに足らないという、それは攻勢。



「彼女は不幸なんだ。おじさんはそれを救いたい。私は彼女を援助しているんだ。それだけさ」


「その援助の代償に、――貴方は何を得るのですか」


「何にもしていない。ただ――楽しくお話を、しているだけさ。楽しく、ね」



「うそを――嘘を、つくな」



 芳樹は顔の向きを変えず、目線を沙良に合わせる。


「沙良、ホテルまで行って、キミは何をしてる? 何を、させられているんだ? ――代償、に」


 沙良はビクンと肩を震わせる。震える、こえで。弱々しく、話す。



「やめて、木村さんを、責めないで。悪いのは私なの」



「沙良は悪くなんて――」



「あれは私が望んだことなの」  



 沙良の声は段々と大きく、強くなってゆく。



「私は誰かに必要とされたい。誰かに抱かれている時だけ必要とされているって思える。それ以外の時は無なの。からっぽ。私には何もない。なんにもない、のよ」 



「違う。そんな事はない。沙良は――」



「うそ」



 今度は沙良はきっぱりと強く――否定した。


「貴方は嘘をついている」

 芳樹は沙良の、思わぬ反撃に身じろぎもできず、ただ立ち尽くす。



「私には何もない。貴方が私に何かを感じているとしたら、それは貴方が私に幻想を抱いているという証拠。表面的にしか、私を見ていない。それはほんとうの私では、ない。ほんとうの私にはなにもない。木村さんだけが唯一、私を埋めてくれるの」



 ほんとうの沙良とは。


「君も、どうせ私の体が目当てなんでしょ?」


 いつもの沙良、今の沙良。


「ほら、やりなよ――ほら」


 どちらが――ほんものなんだろう。


「これが――したいんでしょう?!」


 沙良はシャツの襟元を下げ胸元をはだける。


「違う! そんなんじゃない! 俺は……俺は、キミを救いたいんだ」


「うるさい! 口だけの癖して、偉そうに」


 沙良は芳樹に近づき……


「――ほら」

 指ですすす、と芳樹を触る。


「やめろ! 俺はそんなんじゃ、そんなものは要らない。俺は、俺は」


 沙良はくすりと笑う。



「ほら……

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