第十九話 着信

 友達とも話さず、机に肘を着いてぼうっとしている。彼女は俺をちらりと見たが、ふっと顔を逸らした。


 傍らにはピサメ。



 ――

 中には、ピサメが。


 ピサメの体に、ピサメが。

 俺の体には、俺が。


 これが、元通りなんだ。

 本来なんだ。


 俺は彼女とは無縁の生活を送る。

 何も問題は、ない。

 いや――

 


 ――俺が。

 

 彼女の席に向かう。

 

 ――悪い魔法を、

 

 彼女は俺を見上げて――顔を反らし。俺はそんな彼女には構わず。

 

 ――解くんだ。

 


「諦めるのかよ、諦めて、それでいいのかよ?! お前の想いは、そんなもんなのか?!」


 彼女は驚いている。俺を、見ている。何が、起こっているのか知りもしないんだ、俺の、アイツの想いを、知りもしないんだ。 


「俺は許さねぇ。俺は、ここで諦めるお前を許さねぇ」


 俺が見ているのは。


「魔法をかけたのは確かにお前かもしれねぇ――」


 俺が、言いたい相手は―― 


「でも。それを解くのも、お前なんだよ!」


 ピサメ。

 薄いピンクの――ぬいぐるみ。



 瞬間。



 体が硬くなる。動かなく、なる。この感覚は――



 俺は、ぬいぐるみに――ピサメに、なっていた。



 視界に入る光景。

 芳樹は、沙良を抱きしめ――言う。



「ずっと、キミを見てるから。


 これまでも、これからも、ずっと。


 私がキミを求めるから。


 求め、続けるから。


 ずっと、永遠に。


 何度も、何度も。


 私はキミの中をみても平気だ。


 キミを埋めるのはアイツじゃない。 


 私なんだ。


 だから。


 あんなことはもうやめて。


 私だけを、私だけを、見て」



 彼女はゆっくりとうなづく。


 悪い魔法は解け、彼女は自由に。

 お姫様は、王子様と幸せに、暮らすんだ。

 


■ 

 私は愚かだ。


 それすらも、受け入れてくれる人を望む。


 私が踏みつけにしても、踏みつけにされたと訴えても、滑らず、いえ何度滑っても転んでも起き上がる。


 もし。


 そんな人が、存在しているのなら。 


 そうしたら。


 私はいいんだ。


 ここにいても、いいんだ。 


 そう、思えるだろう。


 それが、それだけが、私を。 



 今日も夜になる。


 毎夜は、彼女と寝る。


 寝るだけ。添い寝する、だけだ。



 でもそれで、それだけで満足なんだ。



 ぬいぐるみ、は。 


 何故なら。悪い魔法は、とけた。


 ゆえに。



 どこまで滑っても、波に乗るように、踊るようにやってくる。


 そんな存在ひともいる。 


 そして私は。


 転んでも起き上がる人 


 私という波に乗る人


 どちらを私は、選ぶなるや? 


 

 深夜。


 スマホが鳴動する。


 ピロ

 ピロ

 ピロ


 彼女はそれを見る。


 バックライトに彼女の顔が光る。



 彼女は薄く――笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぬい⇔俺。―好きな子のぬいと魂が入れ替わった俺の話― 小鳥遊 ちえ @takanasi-tieko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ