第十三話 神社の、鈴

 「ひぃぃぃぃぃぃぃ」



 遠くで誰かが叫んでいた。いや俺か。


 おばさんを押しのける。


 とにかくタオルで水分を取り。置いてある服を着る。



 そして外に飛び出した。




 冬の夜だ。

 限定的な温もりなどとうに消え去る。


 俺はガタガタと震えた。


 おばさんの用意した服は部屋着だ。防寒性はほぼない。


 いや。寒さじゃない。何に、何に震えているんだ……俺は。



 どこをどう走ったものか――

 夜が、開ける。


 今が何時で。


 俺は何で。


 ここはどこなんだ。

 


 広いところに出た。

 ここは神社。境内だ。


 とぼとぼと、目的無く歩いた。


 どこからか、ひそやかな声が、聞こえる。

 


『おや。面白い存在も、いたもんだ』



 は

 何だ……?


 いったい、どこから声がしたものか。


 周囲には誰もいない。


 俺は鳥居を抜け、参道を通り、いつの間にか拝殿の方まで来ていたようだった。


 拝殿の方から、その声は聞こえた。


 わかる。わかるぞ。お前は。



「お前、もしかして、ツクモノマエか……?」



 賽銭箱の真上。大きな、鈴。



『失礼な。私はれっきとした付喪神だよ』



 その鈴から、声がしていた。


『この神社建立の時から全てみていた。お前は惑っているね。わかる。わかるよ。痛いほどに、伝わってくる』


 空気が波をうち、俺にまとわりつく。


『お前はそんな事を望むべきじゃない。付喪神、ツクモノマエは人に寄り添うが人には介入しないもんだ』


 俺はその風に、ただ打ちのめされる。


『お前さんは何がしたいんだ。お前が彼女を救ったところで、永遠に彼女を愛することなんて、呪いを解き続ける事なんてできやしない』


 俺は膝をついた。冷たい地面に、おののく。


『何事も、永遠なんて存在しないんだ。お前さんは庇護欲と愛情をはき違えている。お前は、彼女に介入すべきじゃない。人間の事は人間に任せるんだ』


 鈴の声は、静かに俺に、俺だけに響いた。


『それがツクモノマエであるお前にできることだ。彼女を、道具として慰める事だ。彼女はそれ以上をお前に望んではいないんだ』


 その響きは、俺を諭すように、慰める、ように。


『それが分からないのか』


「俺はツクモノマエなんかじゃ。俺はただの人、で」



『お前さんは馴染んでいるんだよ。ツクモノマエに入れ替わられたからって、入れ替わりの力まで行使できるものじゃない。お前は殆どツクモノマエなんだよ。既にね』



 俺が、ツクモノマエ……? 意外な言葉に、身を固くする。


『対して、あのツクモノマエは殆ど人間に近い。何を、どうしたかは知らないがね』


「ピサメ……」


『そうだ』


 さっきの事を思い出す。 



 うう。



 俺は……



『これだけ言っても、まだ迷うか。ほんとうに、面白い存在だ……』



 鈴は、俺を冷笑するようでいて、ただ在るものとして認めているようにも思えた。



 ふらふらと、歩き出す。どこへ。


 どこへ――行ったらいいんだ。


 

 何も分からない。

 街を彷徨ううち、見覚えのある道に出ていることを知る。

 

 覚えのある店。覚えのある道路。覚えのある空。



 気が付くと沙良の家の前だった。



 いつの間にか、日は高くなっていた。


 時刻は分からない。


 いったい。


 何時間、彷徨っていたんだ。


 茫洋と、家を眺める。

 動きがある。

 二階の窓が開く。


 彼女が、顔を出している。


 思わず目をやる。


 ――目が、あった。



 は。



 彼女は驚きの目で俺を見て。


 すぐに顔を引っ込める。かと思うと。すぐに玄関から出てきた。



「どうしたの、きみちゃん?!」


「なんかボロボロだよ? とにかく中へ入って!」

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