315号室

そして三日後の夜。

杖の音が、また聞こえてきました。

「カツ、カツ、カツ…」

今度は、ゆっくりと、とても静かに。

音は3階の廊下を進み、そして止まりました。

315号室の前で。

田中さんの心臓が凍りつきました。

315号室。それは、まさに今日,田中さんの母ががん治療で入院した部屋でした。がんの手術は日程がしばらく先まで埋まっていたところ、緊急性を考慮し、明日の手術が決まっていました。


杖がドアを三度叩きました――『コン、コン、コン』」

「コン、コン、コン」

田中さんの体が震えました。

307号室の患者は、翌朝亡くなった。

339号室の容疑者は、危篤状態だった。

では、315号室は?

「お母さん…」

田中さんはドアに手をかけましたが、開けることができませんでした。母はがんと診断され緊急入院しましたが突然に容体が悪化するような心配はなかったはず。手術は明日。


田中さんの脳裏に、ある疑問が浮かびました。

「この亡霊は、本当に善意で教えてくれていたのだろうか?」


307号室の患者が亡くなったのは、本当に自然な死だったのか。

339号室の容疑者が危篤になったのは、本当に偶然だったのか。

そして今、母の部屋の前に立っているこの存在は…

杖の音が、もう一度ドアを叩きました。

今度は、とても強く。

「コン!」

それは、催促のようでした。

「早く開けろ」と。

田中さんの手が震えます。

もし、ドアを開けたら。

もし、部屋に入ったら。

母に、何が起こるのでしょうか。


背後で、杖の音がさらに近づいてきました。

「カツン、カツン、カツン…」

今度は、田中さんの真後ろで止まりました。

見えない誰かが、すぐそこに立っています。

「コン!」(入って!)

それは懇願なのか、それとも命令なのか。


田中さんは、ゆっくりとドアノブを回しました。

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