第2話~対決編①~

目を覚ますと、まだ列車は止まっている。


カーテンを開き、窓から外を眺めたが眠る前の景色のまま、駅ではない線路の上で停車している。


ひと眠りをしたため、少し疲れも取れているが、一刻も早くこの列車から離れなければならない。


私は立ち上がってから客室を離れ、廊下に出た。


狭い廊下には多くの乗客が混在している。


中には車掌らしき人物と言い合いをしている人間もいた。


三号車の方が気になったため、足を進めて二号車と三号車の繋ぎの部分に来ると


「そちらには誰も行けません」


一体誰の声だと思い振り向くと、そこにはブルーのコートに長めのスカートを履いてロングブーツを履いている女性が立っている。


見たことのない女性の姿に、少し混乱しながらも


「あの、どちら様でしょうか」


すると女性は警察手帳を私に見せてから


「警視庁捜査一課の岡部と申します」


「刑事さん?」


「はい。今日はたまたま休暇だったのですが」


そこにははっきりと「警部」と書かれている。


まさかこの列車の中に刑事が乗っているとは思いもせず、ただ驚きのあまり固まるしかなかった。


これは夢かもしれない。


それも悪い夢だ。


こっそりと手を後ろに回し、少しつねり始めたが痛みを感じる。


これは現実だ。


まずいことになったと思い、私はただ鼓動を上手くコントロールするしかなかった。


このままだと、刑事の前で動揺している私を見せてしまうことになる。


冷静になりながらも


「何かあったのですか?」


「・・・あれ? テレビに出てますよね?」


「はい?」


「ほら、プロデューサーの方ですよね? コント番組で」


「・・・あぁ、見てらっしゃたのですか?」


「はい。私お笑いが大好きで」


「そうですか」


恐らく、スタッフである私が出たのは「ラフバラエティ研究所」というコント番組であり、既に放送開始から八年が経過している人気番組であるのだが、この中のバラエティ企画などで、私が登場することがある。


所謂「身内イジリ」だ。


私が主になった企画もあるほどだ。


番組ファンからは〈横浜P〉と呼ばれている。


まさかこの刑事がお笑いを見ているのなんて、完全に想定外だ。


それも、顔が知られているということはこの列車に乗っているだけでも危険な状態だ。


あいつの身分が分かった瞬間、私の疑いが更に深まるだけである。


これはまずいと思い、額に汗が出始めていると


「あの、コント番組のプロデューサーはどんな仕事をされるのですか?」


「まぁ、番組をどう宣伝していくかや、芸人さんなどのゲストキャスティングも行います。それに予算を局側に問い合わせて、コント一本にどれほど注ぎ込めるかを交渉したりしています」


「そうですか」


この人は何を聞きたいのか。


単純にいちお笑いファンとして聞いてくるのであれば許せるのだが・・・


すると岡部が三号車の方向を見たため


「あの、何があったのですか?」


すると私の顔を見て


「そうだ。一つお聞きしても良いですか?」


「また番組関係の事ですか?」


「いえ、こちらの方ご存じですか?」


そう言って、一枚の免許証を見せて来た。


それは完全に田山の免許証であり、まるで絶望に満ちたような真顔で映った写真が貼られている。


恐らくあいつの遺体が発見されたのだろう。


本来ならここで知らないとしらを切ればいいのだが、既に顔も知られており、田山と同じ〈テレビフジヤマ〉の社員だと気づかれている可能性もあるため、私は小さく頷きながらも


「知ってますよ」


「やはり」


「同じ会社の上司ですね。どうかされたのですか?」


「実は、遺体で発見されて」


「え!?」


「今、愛知県警が動いてもうすぐ到着する予定です」


「嘘でしょ・・・」


あえて驚くフリをした。


だが、恐らく岡部はこれが単なる偶然だと思っていないだろう。


しかし、私としても負けている立場ではない。


田山を殺害した証拠もないはずだし、まさか私が呼び出したことも特にメールをしたわけでもないため、たどり着けるはずがない。


私は内心笑みを浮かべながらも


「でも捜査一課のあなたが動いているということは」


「そうです。あまり大きな声で言えないのですが、殺害された可能性が高くて」


「まさか・・・」


「犯人はこの列車の中にいると思いまして、列車を今でも停めています。既に一時間ほど経過しているため、これから名古屋の駅に向かいますが、一応乗客は降ろさない予定です」


私は一時間も寝ていたのか。


体感ではかなりの時間眠っていると思っていたが。


だが、岡部の言葉で一つ引っかかるポイントを見つけたため


「え?」


「はい?」


「なんで、まだ列車の中にいるって分かるのですか?」


「実は先ほど、豊橋駅に着いている頃に廊下を歩く田山さんの姿を見たと、車掌さんの一人が言っておられました。そうなると豊橋駅を過ぎたタイミングで殺害された可能性が高いと思います。そうなると沿線火災で停まった時も含めれば、まだ自然と列車の中に犯人がいる計算となります」


「なるほどね」


「それともう一つ気になることがありまして」


「なんですか?」


「所持品なのですが、宮崎に行く割には少ない気がしまして」


「え?」


「財布の中には僅か五千円しかありませんでした。東京から宮崎ですよ。普通なら四万円は最低でも持っていくはずです。なんだかそこが不思議な気がしまして」


確かにそれは不思議だ。


私も田山の財布の中まで見る必要はないため、確認しなかったのだがまさか五千円しか持っていないとは。


知人の家に行くと言っていたため、全て知人の負担にするつもりだったのだろう。


なんて汚く、図々しい男なんだと呆れながらも


「知人の家に行こうとしていたのでは?」


「知人ですかぁ」


岡部は悩んだ表情を浮かべた。


その表情一つだけでも、私の背筋は北極のように凍り始めていく。


だが、ここで墓穴を掘らないためにも


「何か?」


「いや、知人だったとしてもちょっと・・・」


「何かあったのですか?」


「実は住所と思われる宮崎の地名が書かれており、先ほど上司に頼んで照合をしたところ。暴力団幹部の実家だと分かりました」


「え?」


「テレビ局のいち人間が暴力団と交際しているとなると、かなり問題になるかと。それにこの幹部に流石にいちサラリーマンがお金をせびるわけいかないと思っているんです」


「でも、お小遣い程度でくれる人もいるのでは?」


「確かにそんな人もいます。それを目的に行くのであれば、これはかなりモラルに関わる問題になるのです。それをしてまで向かおうとしていたのでしょうか」


「まぁ局にしてみれば大問題ですけどね」


「コンプライアンスという言葉がありますからね」


「そうです」


コンプライアンスは私としては最大の敵である。


「規制」という一つの言葉でお笑いの世界にまで手を伸ばしてきて、芸人がやりたいことも制限していく。


可哀想な芸人達の想いを込めると、私はいちプロデューサーとして反抗の狼煙を建てなければならないのだ。


だからこそ、私がプロデュースを務めるコント番組は攻めに攻めまくっているのだ。


何も怖い物なんてない。


むしろ怖がる方がおかしいのだ。


まぁ今はそんなこと関係ないのだが・・・


私は岡部の方を向いてから


「あの、だったらその暴力団関係者に殺されたのでは?」


「それはあり得ません」


「え?」


「実はその組織は以前、他の組織と抗争事件を起こし、会長は逮捕されています。今組織の存続自体が危うい中、そんなことをするのでしょうか」


「例えば、暗殺とか。組にとっては彼が邪魔になって殺害したとか」


「確かにそれもあり得るかもしれませんが、一つ問題が」


「何?」


「先ほど田山さんの携帯を確認しました。かなり不用心でロックがかかっていませんでした」


「確かに不用心ね」


「ですが、確かにその関係者と思われる先に連絡を取っていました。しかし、内容を見る限りはその相手には突然、宮崎に行くことを伝えていました。テレビ局に問い合わせたところ、二日ほど有休申請していました。しかし内容は旅行のためとしか書かれていなかったみたいです。もし暗殺だとしたら、どこでこの列車に乗るという情報を突き止めたのでしょうか」


「誰かが見張っていたとか?」


「それだと乗客の中に、その組織の関係者がいるかもしれませんね」


逆にその路線に行って欲しい限りだ。


暴力団関係者が田山を殺害して、結局は逃げられた。


私は完全犯罪を成立して、警察は様々な意味で敗北。


それを願いながらも


「まぁ、あの人はかなり素性が分からない人でしたからね。そうかもしれませんね」


「そうだったのですね」


その言葉に嘘はない。


田山はいつも考えていることを誰も分かったことはない。


それに誰かと食事をすることもしたことがないため、プライベートに関しては一切闇の中である。


それどころか、交流先に誰がいるかとかは誰も知らないのだ。


私も裏切られた後は一切彼のことに対して興味が無くなったため、あまり彼の名前すらも耳に入れなかった。


だからこそ何も知らなくて当然なのだが、岡部は興味深そうに私の顔を見ている。


眉間にしわを寄せながらも


「まぁ他の局幹部の人には、かなり媚びを売ってたので。そっちに聞けばわかるのではないですか?」


「分かりました。その部分は聞いておくとして。一つ気になったことがありまして」


「まだ何か?」


すると岡部は何かを見つけたのか。


目線を逸らしてから


「あっ、ちょっとすいません」


そう言ってその場を離れていった。


どうやら愛知県警の人間が到着したみたいであり、三号車にしばらく消えていった岡部が車掌を連れて戻ってきた。


しかし、勝負はこれで終わりでは無かったのだ。

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