第3話~対決編②~

愛知県警による現場検証が始まっている。


岡部も検証に参加していることが分かり、二号車には大勢の人間が野次馬のように三号車付近で集まり始めていた。


私は自分の客室で一人、ベッドの上から窓から外を眺めている。


窓の向こうには住宅街であろう家が多く並んでおり、変わったところに電車が止まっているのが珍しいことなのか、安全柵の向こうには多くの野次馬が見えた。


私は、人に見られることには慣れているため、こちらを見てくる人間を見つめることが出来るのだが、向こうが目線を逸らす。


何人も同じような状況が続くと、私も心が折れる。


それに、


ため息をしながらも、窓のカーテンを閉めてからベッドに横になろうとした。


すると岡部が顔を覗かせて、私の名前を呼んだ。


「なんですか?」


「先ほど、話を途中で終わらせてすいません」


「あぁ、気になることですか?」


「はい。ちょっとお話よろしいでしょうか?」


「どうぞ」


偶然にも目の前のベッドには誰もいないため、対面でベッドに座りながらも話を聞くことにした。


「実は、車掌さんが第一発見者となっており、とても個室の前で騒然としていました。まぁ偶然私が三号車の中にいたので、事件を発覚できることが出来たのですが」


「そうなんですね」


「私もその際、個室に入りましたが部屋の中にはうっすらと香水の匂いがしていました」


「香水?」


「はい。ラベンダーの匂いがとても強いものでした」


それは少なくとも私の香水ではない。


確かに香水を付けているが、それはラベンダーではなく、ハイビスカスの匂いを強調した香水となっている。


そうなると、私以外にあの部屋に入った人がいるのだろうか。


一体誰なのか。


彼に交際している女性の存在の影すら感じなかったため、私は驚きしかただなかった。


だが驚いている場合ではない。


恐らく私の存在も見られているかもしれない。


鼓動が激しくなりつつがまま、つい岡部から目線を逸らした。


すると岡部が


「それに、ベッドの上のシーツが一部だけかなり荒れていました。田山さんは後ろの壁に寄りかかっていましたが、その隣が荒れているのを考えると、誰かが座っているのが一目瞭然でした」


「犯人ですか?」


「恐らくそうでしょう。それに長い髪の毛が二本ほど落ちていました。しかし、最近のDNA鑑定では髪の毛一本で特定することは難しくなっています。そのため、その場に女性がいたことを証明したにすぎません」


「では恐らく・・・」


「はい。恐らく犯人は女性でしょう。そうなると自然と組織犯罪の匂いも消えました」


「何故? 組織が雇った人間かもしれないのに。例えば殺し屋とか」


「殺し屋ということは殺人のプロです。そんな香水の匂いを簡単に残すでしょうか。それに暴力団組織だとしても、殺し屋を雇うほどの巨大な組織ではありません。だからと言って、組織に所属している男どもの妻や姉妹などに、任せるほどおとぼけな組ではないと思いますので」


「まぁそうですね」


「まさか、ナイフを刺された後に頭を殴られるなんて。被害者の方は可哀想に」


「え? 頭を殴られていた?」


「はい。恐らく致命傷になったのはナイフで刺された時です。しかし、なぜか頭を殴られており、既に死んでいるのに頭を殴られるなんて、可哀想な被害者です」


どういうことだ。


私はあいつの頭などを殴った覚えはない。


一体何が起きているのか。


そして私の知らない間に何が起こったのか。


頭の中が混乱状態になっており、中々整理つかずに思わず


「ちょっと待って、頭を殴られているということは、犯人は二人いるってこと?」


「いえ、単独犯がナイフで刺した後に、頭を殴るケースだってあるはずです。相当恨みを持っていたのでしょうが」


「あぁ・・・」


つい口が滑ってしまった。


確かに岡部の言う通り、相当恨みを持っている人間が奇行と思われる行動をとってもおかしくはない。


そもそも殺人を犯す人間自体が奇行なのだが。


「どちらにしても、犯人は女性でしょう」


「犯人はまだこの列車の中に?」


「はい。ですが証拠や特定には少し時間がかかりそうです」


「なるほど」


すると列車が突然揺れ始めて、ゆっくりと走り始めた。


岡部は冷静に窓の外を見ながらも


「あっ、走り始めましたね」


「このまま名古屋駅まで行くのですか?」


「もちろんです。しばらく様子を見てから乗客を降ろす予定です。流石にこれ以上長くは、お客さんのストレスが増してしまいますからね」


それだったらありがたい。


このまま私もこの列車の外に出してくれたら何よりだ。


私は列車が早く名古屋駅に着くことを待ち望んでいると


「あの、横浜さん」


「はい?」


「田山さんに女性関係で揉めていたとか、何かありませんでしょうか」


「女性関係? さぁ分からないです」


「あまり交流は」


「ないです。彼は私の後輩なのですが、知らないうちに物凄く出世してしまいましてね。そこからはお互いの仕事が忙しいため、あまり深い関係にはなっていません」


「バラエティの仕事は大変なのですか?」


「えぇ」


プロデューサーはまだ楽な方だ。


番組の成長戦略やプロモーションなどを考え、企画などを立案したり、予算配分などを計算してセットに盛り込んだりと、ほとんどは話し合いで済むことばかりだ。


一番大変なのは演出ディレクターの方だ。


企画をどのように面白くするかを考えたり、スタジオでは直接演者の方に場の回し方を指導したり、収録したテープを編集し、納品する。


一度はディレクターになりたいとばかり思っていたが、考え方的にプロデュース脳でもあるため、そちらに方向性を向けた。


今ではそれが唯一の救いだ。


岡部が私の方を見ながら


「あの、一番難しいタレントさんとかいるのですか? キャスティングをするときには」


「うーん。基本お笑い系が苦手な、例えば俳優さんなどは断られたりすることはありますね。それとかオファーを受けてくれたとしても、あまりお笑い系のノリについてこれなかったりしたり」


「なるほど。大変な世界なんですね」


「えぇ」


「ですが、聞いたところによると田山さんはそのバラエティ制作部の部長さんだとか」


「流石耳に入れるのが早いですね」


「それで一つ気になったのですが、バラエティ制作部の人たちは皆さん同じ目標に立っているわけではないのですね」


「え?」


「いえ、先ほどから話を聞いている限り、あまり交流が無かったり、興味のないように感じたので」


「バラエティと言っても、お笑いだけではないですから、例えば街ブラとかゲームとかホラー系とか、それもバラエティの一種に入ってますからね。方向性の違いだけで仲良くない人も実際いますから」


「そうですか」


一体岡部は何を聞きたいのか。


私に田山と仲が悪いことを吐き出させようとしているのか。


そんな手段にはこちらも引っかかるわけにはいかない。


油断も隙も無い人物なのは確かであるため、岡部の行動を注視していると


「現在は企画担当部長らしいですね」


「えぇ、結構上の役職ではあるのですけどね」


「それなのに後輩の田山さんが出世をなされて、時期バラエティ制作部の局長候補だとお聞きしました。あなたが先輩でかなりバラエティ歴も長いのに、田山さんがかなり出世されているということは、田山さんは優秀なのでしょうね」


「いえ、そんなことないですよ。彼も彼なりに欠点がありますから」


「そうなのですか」


岡部は私に嫌味を言いたいのか。


怒りに溢れそうになっていたが、辛うじて列車の揺れだけが心を癒している。


まだ止まったままの段階だったら、私の精神は崩壊寸前だ。


しばらくすればこの列車から降りられて、こんな刑事とおさらばだ。


「あの最後に一つだけ」


「なんですか?」


「切符はどこで」


「えっと東京駅ですけど」


「田山さんがこの列車に乗られることは」


「知りませんでした。だからこんなことになって驚きです」


「分かりました。それでは」


そう言って岡部は立ち上がってその場を離れていった。


一体岡部は何を聞きたかったのか。


謎が残るまま、列車は減速をし始めて名古屋駅構内に入り始めたのだった。


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