殺意の特急~岡部警部シリーズ~

柿崎零華

第1話~事件編~

B寝台客車のベッドの上から、夜に流れていく景色を見つめている。


上を見上げて、空に小さく光る星空を見ながら、私〈横浜和葉〉は一世一代の大勝負に挑む覚悟を整えている。


東京から宮崎までを結ぶ寝台特急「虹色」。


列車の外壁は全て青色で染まっている、所謂「ブルートレイン」と呼ばれるものだ。


新たに鉄道会社が新企画としてブルートレインの運行を復活。


全十二両の内、個室タイプのA寝台客車が十両だが、二つの車両だけは昭和の雰囲気をそのままにした二段ベッドタイプのB寝台客車がある。


値段は安めであり、見ず知らずの人間が対面になる可能性が高いため、デメリットが大きいのだが、令和時代に生まれた若い子たちにとっては〈新鮮〉というイメージが強く、かなり〈人気スポット〉としてSNSで広まっている。


現在では年間百万人の乗客を乗せて、東京から宮崎の街へ送り届けているのだ。


私はこの「虹色」の車内を使って、一年間かけた計画を実行に移そうとしているのだ。


今自分が乗っているのは二両目。


計画を実行する相手は隣の三両目であるA寝台個室にいる。


手元には一つの手帳を握りしめている。


私の職業日記ともいえる手帳であり、毎日肌身離さず持っている。


自分の仕事はテレビプロデューサーをしており、所属しているテレビ局〈テレビフジヤマ〉ではバラエティ制作部・企画担当部長を担っているほどだ。


主にバラエティ番組を制作しており、企画・プロデュースを担当したコント番組である「ラフパークランド」は視聴率三十パーセントを記録しており〈テレビフジヤマ〉ではバラエティ史上最高視聴率を誇っている。


私の職業スタイルとしては「一度出会った縁を大切に」をモットーに、一度でも仕事をしたことがある芸能人には「一度きり」は一切せずに、必ず自分の番組に起用したり、ゲスト出演をオファーしたりしているのだ。


今でもお笑いバラエティ番組のチーフプロデューサーや企画プロデュースを担っており、プロデューサー人生二十年でやっと、この地位に付けているのだ。


ちなみにこの計画を終えた次の日には、収録が控えているのだ。


携帯には演出ディレクターから個人メールが入っているのだが、あえてそれは無視をしている。


下手に余計なことを言って、計画がバレるよりかは無視をしていた方が手っ取り早いのだ。


景色を眺め終わった私は腕時計を見る。


時間は午後十時過ぎ。


列車は停車駅である豊橋駅を過ぎた。


次に停車するのは名古屋だ。


それまでの間に計画を実行に移すのだ。


私は立ち上がってから、黒いコートを羽織ってから、手袋をはめた。


準備万端の恰好をしてから、その場を離れ、三号車に向かった。


一番手前の部屋にいることは分かっている。


誰にも見られないように二号車と三号車に間をくぐり、狭い廊下に出た。


揺れが少しほどしか感じず、小さくジョイント音だけが聞こえてくる。


私は軽く深呼吸をしてから、個室を二回ノックをする。


するとドアが開き、男性がひょっこりと顔を覗かせた。


私は小さな声で


「久しぶり」


男性は小さく頷いてから、ドアを大きく開いた。


男の名前は〈田山陽介〉。


私の直属の上司であり、現在はバラエティ制作部・部長を担っているのだ。


だが、年齢的には歳下であり、職歴としても後輩である。


可愛らしく、バラエティに対しても常に本気な後輩であったのだが、彼には恨みがある。


私には尊敬している一人の男性上司がいた。


彼はバラエティの帝王と呼ばれており、数々の人気お笑い番組の演出やプロデュースを手掛けて来た〈最強のディレクター〉と周りからは恐れ多い存在となっている。


上司は当時バラエティ制作部長を担っていたのだが、バラエティ制作局長に昇進することをきっかけに、後任の部長を探していた。


自然と私が次期部長だと言われていたのだが、野心家の強い田山はそれを邪魔した挙句に、彼の誘いで料亭に行った際の会話を録音し、それを編集した彼はそれを会社に撒き散らせた。


結局は彼は部長に就任し、私は事実無根のまま部長代理職から降格をしたのだ。


その噂をきっかけに周りからかなりの人間が離れていき、現在は信用も取り戻しているのだが、当初は孤独になる毎日を過ごしていたのだ。


だからこそ、私は彼を許せずにいた。


部長に就任したことを根に持っているわけではない。


彼にはかなりの相談事もしていたし、部長に就任する可能性がある話も一番最初に話したのも彼だった。


しかし彼は裏切った。


それも姑息な手段で私の地位を落としたのだ。


それだけは絶対に許せない。


噂によると彼は私が企画担当部長に就任したことも良く思ってないみたいだ。


また姑息な手段で邪魔をされるよりかは、いっその事殺害することを決意したのだ。


こんなくだらないことでと人は言うかもしれないが、私にとっては重大なことである。


いずれかは部長になり、バラエティ制作部をもっと明るく楽しい職場にするために、改革をするのだ。


スタッフが明るくいれば、きっと見ている視聴者も明るく見れるはずに決まっている。


それなのにただの嫉妬や野心のままで、邪魔をされるくらいだったら殺した方がマシである。


だからこそ、今回この列車におびき寄せたのだ。


まんまと引っかかるとは思わなかったのだが・・・


私はそんな気持ちを思い、色々と苦い過去を思い出しながらもベッドの上に座る。


隣に座った田山が私の方を向いてから


「まさか、この列車の切符を取るなんて、思いもしなかったなぁ」


「一年かけてやっと手に入ったのよ」


「そうか。宮崎には知人がいてな。丁度良かったよ」


「なら安心だわ」


「それより、俺をこの列車の切符を渡すとは、何か意味があるのか?」


「え?」


田山が前を向いてから


「いや、ちょっとな。君の事だからあれを根に持ってるかなと思ってね」


「部長就任の事?」


「そうだ。まぁ出世するにはあれしか方法がなかったんだよ」


「方法ねぇ」


何が方法だ。


人を簡単に蹴落としておいて、そんな言葉が通じるはずもない。


私は怒りを堪えながらも一旦景色を見た。


そこには偶然にも名古屋近くの景色が広がっており、住宅街が広がっている。


目の前のテーブルに手帳を置いた。


すると田山が


「まだそんな手帳を持っているのか?」


「当たり前でしょ。大事な手帳なんだから」


そう言ってハンカチを手帳の上に置いた。


返り血を浴びさせないためだ。


ため息をしながらも


「ねぇ、田山くん」


「なんだ?」


「宮崎よりもっといい場所教えてあげようか?」


「良い場所?」


「そう。地獄というところよ」


そう言って、持っているナイフで田山の脇腹を突き刺した。


力を振り絞って奥に突き刺す。


田山は苦し気な声を上げながらも、息絶えて私の横にもたれかかった。


気味が悪いため、そのまま後ろにある壁にもたれかからせた。


これで完璧だと思いながらも、すぐに手帳をコートのポケットに入れて扉をゆっくりと開けた。


名古屋駅に近いため、準備をして列車の扉前で待っている客がいるのだが、偶然にも周りには誰もいなかった。


私はすぐに廊下に出てから、扉を閉めた。


ゆっくりと歩くと、廊下側の窓の向こうから近くに赤い炎が目に見えた。


その炎だけが暗い廊下をただオレンジ色に照らしている。


マンションの上層部にある一つの部屋が凄く燃えており、それを過ぎてからしばらくして列車が止まった。


まだ駅でもないところで止まったため、一体何のことだか分からずにいると、列車アナウンスが流れ


「えぇ、ただ今。沿線火災のため、列車を一度止めました。安全性が確保されるまで今しばらくお待ちください」


通過する前ならともなく、通過した後にそんなことを言われても、安全も何もない。


危機管理は一体どうなっているのかとため息しか出ずに走り始めて、誰にも見られないまま、自分の客室に戻った。


列車が止まったのはある意味ラッキーかもしれない。


少しの間寝ていれば、名古屋に着くときには車掌が呼びに来るに違いない。


計画も完全犯罪として終わり、幸せな人生が幕を上げるに違いない。


私は微笑みながらもカーテンを閉めて、横になった。


しかし、これがある意味最悪の時間の始まりだとは、まだ知らなかったのだ。

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