第4話 音が出ない

 魔力測定も終わって数日。

 私達は相変わらずこの部屋でぼんやりとしていた。

 最近は寒くなってきたから、少しばかり体温維持のための魔力消費が激しい。

 まだ本格的な冬じゃないとはいえ、寒くなるのが早い。北部なだけはあるのかもしれない。 


「私達、こうやって訓練とかそういった類のものをさぼってるわけだけれど。よく怒られないよね」

「……訓練は任意だから」


 訓練をさぼったところで、融合体と魔法師の戦いとは究極的には個人戦になりやすい。

 だから、それで死んでも自己責任と思えば、私達が怒られないのは当然か。行き過ぎた自己責任論のような気もするけれど。


 なんにせよ仮に正規魔法師がやられてこの空中要塞都市まで融合体が来たならば、私達は戦わないといけない。遺物と同調できなくても。

 

 私達は戦うためにここにいて、だからこそここにいることを許されているらしい。あんまり実感はないけれど。

 けれどそれぐらいには融合体と戦うということは人類にとっては大事なことで、同時にそれぐらいには融合体は脅威ということなのだろうけれど。


「やっぱりこんな感じで討伐隊の魔法師にはなるべきじゃないよね」

「……大丈夫だよ。レーネが戦うようなことにはならないよ。最近は強い融合体も出てないし」

「そうだと良いけど」


 でも実際、最近の融合体の討伐はうまくいっている。

 討伐体の戦力が増えたからなのか、ここ10年は死亡者も出ていない。融合体の出現は人類の危機と習ったけれど、意外ともう大丈夫なのかもしれない。

 というのは楽観がすぎるかな。


「そうだよ。それにこの都市にはアニエスもいるし」

「あー……強い魔法師だっけ」


 あんまり覚えていないけれど。

 でもあまり魔法師関連の話に詳しくない私でも名前ぐらいは知っている人だから、すごく強いのだろうけれど。情報掲示板か何かで名前を見たような気がする。


「うん。だから彼女がいる限り私達の出番はないんじゃないかな」

「まぁ出番があっても困るよ。私が戦うような事態になってたらもう負けと同義だし」


 今の討伐隊の魔法師は確か3万ぐらいだったはずだけれど、その中で私はどう贔屓目に見積もっても下位100人ぐらいだろうし。


「今、同調率が2割以上の正規魔法師は300人ぐらいだっけ。実際のところ彼らだけじゃない? 戦う資格があるのって。私なんかじゃ戦いにはならないよ」


 もし私が融合体と対峙しても、適当な魔法で瞬殺されてしまうだろう。それは戦いというよりは蹂躙とかそういう言葉の方が近い。

 それこそ私が戦うのは、この空中要塞都市まで融合体が侵入した時ぐらいじゃないかな。もちろんそうなれば元々敗北は決まっているけれど。


「そういう意味では、アイリはまだ戦えるのかな。一応、同調できる遺物はあるんだよね」

「あるけど……でもこの前の検査じゃ同調率0.3割とかだったよ」


 実際のところ、それでもかなり高い方なんじゃないかな。

 正確にはわからないけれど、目に見える数字なだけで上位半分ぐらいだったような気がするし。


「そういえば、アイリは同調したことはあるんだっけ?」

「一応、あるよ」

「へー……どんな感じ?」

「どんな感じって言われても……」

 

 アイリは少しばかり考えるように指で髪をすく。


「魔力がこう……ぐわーってなって、すごくちりちりするっていうか。魔力がぱたぱたしてて、落ち着かない感じかな……」

「えぇ……なんか大変そう」


 もう少し良いものかと思っていた。

 まぁでもよく考えたら、遺物は魔力と融合し、魔力自体を変えてしまうものだから、心地良いわけがないか。

 

「で、でも、あれだよ。同調率は低いから。ほんの少しだけっていうか」

「同調率が高い方が変な感じがするんだ」

「そう、みたい。聞いた話だけれど。でも、普段と違う感じにも慣れるんだって。アニエスとかはそう言ってたよ」

「へー……」


 あれ。

 そう言ってたって……


「アイリって、アニエス……さん、とは知り合いなの?」

「あ……い、いや。そんなわけ。ほら、あれ……噂。噂で聞いただけで」

「そっか」

「うん。そう。それだけ」


 ……多分、知り合いとは言わなくても近くにいたんだろう。

 薄っすらとわかってきたけれど、アイリは多分、こんな場所とは無縁な世界にいた。こんな世界からは隔絶されたようなこの部屋からは。


 何かがあって、きっとここにきた。

 それが何かかはわからないけれど。

 わかる気もしない。きっと私が触れられることじゃない。


「……レーネって優しいね」

「そんなことは、無いけど」

「でも、わかってるんでしょ? 私が隠し事してるって」

「……誰だって、隠し事ぐらいあるよ」

「そうかもだけど。でも、私が隠していることを暴いたりしないし」

「それは、まぁ」


 それぐらいは普通というか。

 わざわざ暴こうとしても、良いことがある可能性の方が少ないのだから。

 それに、アイリの隠しごとを知ろうという動機がない。多分これは、そこまで私が彼女のことを知ろうとしていないから。


 この誰にも使われていない部屋で彼女と軽く話せるのなら、それだけで良いということなのかもしれない。

 それだけを求めているから……いや、正確には求めてもいないのかもしれないけれど。それだけなら、アイリの隠し事に触れる理由はないからなだけで。


 優しいわけではない。もし本当に優しいのなら、きっと私はこんなところにはいない。


「私、この部屋に来てよかった」

「そう?」

「レーネがいてくれて良かったっていうか」


 そこまで言われると少し照れる。

 でも、多分それは私もほんのりと思っていることではあって。


「……それなら、まぁいいけれど。私も寂しくないし」

「レーネも独りだと寂しいの?」

「まぁ……うん。それなりには」


 独りは寂しい。

 私は自分が孤独に耐えられるほど強くはないのを知っている。

 そして誰かに手を伸ばせるほどの勇気がないことも。


「なんか、不思議」

「不思議? どうして?」

「なんていうか……レーネって全然大丈夫な人かと思ってた」

「そんなこと、ないけれど」


 アイリのくるりとした瞳の中で、私はどんなふうに映っているのか。

 あまり過大評価されても困るのだけれど。期待を裏切ってしまう自信しかないし。


「けれど……良かった。レーネも一緒なんだね。私と」

「そうかな」

「そうだよ。だって、私も独りは寂しいから。ここでレーネと会えて良かった」


 ……同じ。

 それは同じなのかな。

 多分、レーネは何かから逃げてここにいる。

 それが良いことか悪いことかはわからないけれど、少なくとも自分の意志で。


 でも、私はただ流されて、弾かれてこの部屋にいる。

 それは収斂的ではあるけれど、大きく違うことのような。


「あの」


 考えごとを断ち切るように、アイリの染みる声が鳴る。


「明日も会える?」

「何かあったっけ。明日」

「ないけど……また明日も。ここで」


 私は答えに詰まる。

 なんて言えば良いのかわからなくて。

 だって、今日まで何度もアイリとはこの部屋で会ってきた。そんな約束のようなことをしなくても。


「えっと」

「ううん。明日だけじゃなくて。ずっと。毎日」

「ぇ」

「毎日、この部屋に来て、レーネと会いたい」


 いつになく強いアイリの言葉に、私は上手く答えられない。多分、頷けばいいだけなのに。ただ頷けば、明日もそのまま会える。

 でも、私はその約束に上手く頷けない。


「……そんなに言われても困るっていうか」

 

 だから、口をついた言葉は自分でもあまりにも冷たいもので。

 アイリは悲し気に顔を伏せる。そんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。


「ごめん。言い過ぎた。でも、毎日会ってるでしょ?」

「そ、そうだね。うん。そう」


 私のか細い言い訳に、彼女はにこりと笑う。あまりにも無理した笑顔で。 

 それを見ればやっぱり、私はこの孤立した部屋に来るべくして来たのだと実感してしまうから。私は彼女の目を上手く見れなくなった。

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