第2話 隣への距離
『第816融合体出現』
高い警報音が鳴っている。
どうやらまた融合体が来たらしい。
最近頻度が多い気がする。前の融合体が出てから1カ月ぐらいか。
第五討伐隊の管轄だけでこの頻度なのだから、明らかに頻度は増えている。
相変わらず私とアイリは予備魔法師に課される訓練やらをさぼり、いつもの誰も来ない部屋にいた。もちろん融合体が出現しても、それは変わらない。
一応、さぼってたら怒られても文句は言えないけれど、多分落ちこぼれすぎてあまり言われない。数を揃えるだけの存在でしかない気はする。
戦闘配置につけと言われたのに、私達はこの部屋から動きはない。
というより私達には融合体との戦闘において役割はないから、邪魔をしないのが仕事みたいなものなのだけれど。
この巨大な第五空中要塞都市を維持するためには非戦闘員もたくさんいる。彼らと役割的には同じなのかもしれない。まぁ彼らと違って私達は何の役にも立っていないわけだけれど。
「そういえば一応、避難したほうがいいんだって」
「……えっと?」
唐突な私の言葉に、アイリは当然のように首を傾げる。
あまりにも言葉足らずが過ぎたみたい。
「非戦闘員っていうか。そういう人は、都市の避難所に行くのが推奨されてるらしいよ」
「それって、私達もいけるの?」
「行こうと思えばね」
まぁ、行こうと思うことは無いけれど。
この空中要塞都市が直接破壊されることは基本的にないし、破壊されるのならその時は人類が滅ぶ時だろうから。避難所にいても、ここにいてもそこまで変わらない。
しばらくして遠くの融合体の周囲が光りはじめる。
戦闘が始まったらしい。相変わらず規格外の威力の魔法が飛び交うけれど、融合体は気にしている様子はない。今回は触手が軸の融合体のようで、巨大な触手を振り回しているのが見える。
「融合体って……どうしてこんなに強いんだろう」
ふと思った疑問を口にする。
「魔導機械と魔物が融合しているから融合体って言うわけだけれど、どちらも単体だとそこまで強くないから、なんでかなって」
「……レーネって、あんまり勉強は得意じゃないんだっけ?」
……その言葉を否定したいところだけれど、あまり学がないというのは事実ではある。強がりを言うのなら、基礎魔法理論とかならそれなりにわかるのだけれど。
「あー、まぁね。魔物学の授業を受けてると、なんだか眠くて」
「そういう段階の話じゃないと思うけれど」
あまりにも心配そうな目で見られている。
え……もしかして。
「常識だったり?」
「……魔法師なら、そうかも」
そんな感じか……
まるで私がすごく常識のない人みたい。
もしかして本当に魔法師としてはそうなのかな。
「で、でも。少しは知ってるよ? 魔導機械と魔物の良い感じな部分がほら……良い感じにね」
「……多分、違うと思うよ」
違うか。
大枠は合ってると思ったんだけれど。
「融合体は魔導機械と魔物の良い所取りわけじゃなくて、魔物の良い所を魔導機械が使ってるんだよ」
「えっと、何が違うの?」
魔物の良い所を取っているのなら、良い所取りと言ってもいい気がするけれど。
「魔物からしたら魔導機械はいらないというか……魔物は、利用されてるだけみたいだよ。だから、良い所取りというよりは、魔物利用とかって言った方がいいのかな」
「あー……じゃあ、一方的な関係なんだ」
「うん。魔導機械が外殻を柔軟性が高くて補完しやすい魔物の身体にすることで戦闘力を上げたって感じ」
だから、融合体はあんなにも魔物っぽい見た目なのか。
融合体という割には、見た目に魔導機械の要素が薄い気はしていた。
「あ、そっか。だから、核を狙えって言われるんだ」
「そうそう。というか、それは知ってるんだね」
「えへん。すごいでしょ」
ちょっとばかりわざとらしく胸を張ってみるけれど、アイリは苦笑いをするぐらいだった。苦笑いとはいえ、笑ってくれるのはありがたいけれど。
これも常識の範疇ではあるらしい。まぁ、私でも知ってるんだからそんなものか。
「核は融合体の魔力の源なんだってね」
「うん。だから、核を破壊すれば融合体は倒せるみたい」
逆に言えば、核以外は攻撃してもさして意味はないらしい。
魔力を消費させるぐらいの意味はあるらしいけれど、核のもつ魔力供給量から考えれば誤差の範疇だとか。
「あれ? でも、それだけじゃ魔力量の多い魔物ってこと?」
そんなはずはないと思いながら口に出す。
それだけなら魔力情報による身体の補完がされやすいだけで、普通の魔物とさほど変わらない。確かに脅威的な魔物にはなるだろうけれど、人類が滅亡するとかそんな大規模な話にはならないはずなのに。
「融合体の一番厄介な部分は、中心の核が完全循環型魔力増幅器だからってのが一番だよ」
「あー、それね」
「……わかってる?」
「わ、わかってるよ。もちろん。あれでしょ。超すごい魔力増幅器」
ほんの少しばかり雑な説明だけれど、大筋は合ってるはず。
詳しい理論は知らないけれど。元々は理論上の存在ということと、まだ人類はそれを完成させていないことしか知らない。
けれど、魔導機械側はそれを核として利用している。流石は古代文明の遺産というわけか。負の遺産だけれど。どうしてあんなものを残して滅んでしまったのか。まさか自滅したわけじゃないだろうけれど。
「あれ。それこそ、倒した融合体の核とかの解析はできなかったのかな。よく融合体の亡骸の回収とか行われているよね」
「その成果が遺物みたい。再現度の問題で、遺物は特化仕様でしかないけれど」
特化仕様。
それは私も知っている。
魔力増幅器である遺物と同調できれば、実質的な魔力量が上昇する。けれど、遺物によって増幅された魔力は汎化性が低く、特異的な魔力形質を示すらしい。
それが良いのか悪いのかはわからないけれど、少なくとも同調前に扱える全ての魔法がそのまま強化されるということはないとか。
「思ったより不便だよね。遺物っていうのも。まず同調って仕組みからして、兵器としては欠陥じゃないかな」
同調できるできないで、その遺物が使えるかどうか決まるなんて、人類を守る兵器としてはあまりにも安定感がない。今では魔法師の数も遺物の数も相当増えているから、多少はましになってきているのかもしれないけれど。
その辺りはもう少し魔導機を見習ってほしい。
まぁ性能としては天地ほどの差があるけれど。
「……でも、限定的でも融合体に抗える力があるってこと自体がすごいのかも」
「まぁ、そうかもね」
融合体はあまりにも強すぎる。
遺物なしの通常魔法では、魔力出力が違いすぎて魔力防壁すら突破できない。
もしも遺物がなければ、この惑星は既に融合体に支配されていてもおかしくはない。初期の融合体などは遺物なしで倒していたというのだから、驚きだけれど。
「そういえば、融合体は魔導機械が魔物を取り込んで生まれるって言ったよね」
「うん。まぁ。正確にはちょっと違うかもだけれど。そんな感じ」
「なら、なんていうか……対処療法的だよね。出てきた融合体を倒すなんて。発生が魔導機械が主体なら、魔導機械を先に倒しに行ったりはしないのかな」
そうすれば、強力な融合体と戦わなくて済むのに。
いくら未開拓領域が危険と言っても、遺物と同調している正規魔法師なら、ある程度は進めそうだけれど。
それに魔導機械なら、普通の魔法師でも……なんなら私でも弱い魔導機械ぐらいなら倒せる。それこそ探索者と呼ばれる存在だっているのだし。
「一応、そういう話もあるんだって。魔導機械の根本というか。生産場というのか発生源というんかわからないけれど……そこを叩こうみたいな」
はっきりとした回答を期待して問うたわけではなかったけれど、予想に反してアイリの返答は随分と詳しい。
というか、魔法師の常識であることを差し引いても、アイリは融合体に詳しい気がする。融合体の話が好きなのかな。それとも勉強熱心なのか。
後者はこんなところでさぼっているのだから、違う気がするけれど。
「各地の討伐隊から、それ用の魔法師が引き抜かれてるらしいよ」
「あ、それ聞いたことあるかも。少し前にここの正規魔法師がいなくなったってきいたとこあるよ」
「そうだっけ?」
「ほら、2ヶ月前ぐらいに」
「あー……あれは……その人は違う理由だよ。あれは、ただ同調率が落ちただけで」
アイリはちょっと目を逸らして答える。
違うらしい。折角、どこかで聞いた噂と綺麗に結びついたと思ったのに。
「まぁでも、そういうのがあるなら、もしかしたら融合体が消える日が来るかもしれないんだ」
「うん。そうなったら、嬉しい」
相変わらず流れるようなアイリの声色は、少しばかり期待の色があった。
けれど、私はそんな日が来るとは思えない。
もう50年間も融合体と戦い続けてきたのに。今更それが終わると期待するのはあまりにも無理がある気がする。少し諦観がすぎるかもしれないけれど。
「私には関係ないからかな……」
遠くの戦場を眺めながら、ぼんやりとした思考が口をつく。
それがあまりにも薄情だとしても。私にはやっぱり他人事でしかないから。
けれど
ちらりとアイリを盗み見る。
彼女にとってはどうやら、あの戦場はそこまで遠いものじゃないらしい。なんとなくそれがわかってきた。
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