泡沫少女は願わない

ゆのみのゆみ

第1話 遠くの約束

 53年前に魔物と魔導機械の融合体が発見された。

 古代文明の遺した魔導機械の火力と、自然界で進化してきた魔物の融合した融合体は、800年弱かけて広げてきた人類の領土を踏み荒らした。

 それ以降、融合体は散髪的に各地に出現し、人類の脅威として認識されている。


 もちろん人類だって何もしなかったわけじゃない。

 その結果、それ専門の討伐部隊が組まれた。

 具体的には特殊な古代遺物との同調率の高い魔法師を中心とした防衛機関である。まぁ防衛機関とは言うけれど、討伐隊としか呼ばれないけれど。


 対融合体防衛機関は、融合体が現れれば、それを討伐するために動く。人類を守るために。もしも各地に点在している討伐隊の全てが敗れれば、人類は融合体に対する抗う術を失い、文明を失うことになる。


 まぁ、そんなわけだから人類はそれなりに危機に瀕しているらしい。


「そんなこと言われてもなー」


 実感はあまり湧かない。

 曲がりなりにも第五討伐隊に所属している私でもこうなのだから、大抵の人は実感なんてないんじゃないかな。


 今も遥か遠くで同じ部隊の魔法師が戦っているのが見える。幾人か魔法師が巨大な融合体と対峙している。

 けれどそれは、画面の向こう側の出来事のように遠くの出来事のようにしか感じない。もしかしたら、私の感覚が鈍いからかもしれないけれど。


「どうしたの?」


 隣に座るアイリが私の呟きに首を傾げる。

 彼女は一カ月ほど前にこの人気のない一室で出会った。

 どうやら彼女も私と同じように集団から弾かれた側の人らしい。

 

「あぁいや。あの戦いが人類の命運を分けるって、あんまりそんな感じはしないなって思って。実際に戦ってる正規魔法師ならまだしも」


 私達は予備魔法師だし。

 その言葉をすんでのところで呑みこむ。

 まだあまりアイリとは長くない。私は予備魔法師であることに不満らしい不満はないけれど、彼女はそれを気にしているかもしれない。


 特に私は予備魔法師の中でも落ちこぼれ中の落ちこぼれなのだし。だから、こうして戦闘配置になっても居場所はないから、邪魔にならなさそうな場所で外を眺めるしかない。


「……まぁ、ここからだと遠いから」

「そうだね」


 幸いそこまで気にしている様子はない。

 まぁ訓練やらなんやらをさぼってこの部屋にいる時点で、そういうことを気にしている人である可能性は著しく低いのだけれど。


「あれに、数人の魔法師が対処するんでしょ?」


 信じられない。

 あの山のように大きな融合体に人の身で挑もうと言うのが。それも数人で。

 今回は5人だったっけ。前回より1人少ない。もちろん彼らだけじゃなくて、援護する魔法師もたくさんいるのだろうけれど、結局中心となって戦うのは、彼らなのだから。


「なんていうか。すごいよね。いくら強力な遺物が使えるとしても、あんな化け物と戦える気がしないよ。あの人達は怖くないのかな」

「怖いと思うよ。でも、誰かがやらないといけないから」

「そうかもだけど……」


 もし遺物が使えるとしても、私にはできない。

 曲がりなりにも戦うための魔法師としてこの空中要塞都市にいる私が言うことではないかもしれないけれど。

 きっと怖くて足がすくんで。


「逃げ出しちゃうよ。私だったら」

「……でも、逃げ出したら、世界が滅んで……みんな死んじゃうんだよ?」

「そうだけど」


 やっぱり恐怖を克服できないと思う。

 私には一生できないことというか。そこまでの動機がないからかな。守りたい何かもなければ、そこまで世界に価値を感じてもいない。


「でも、ほら。私が逃げ出すぐらいで滅ぶ世界なんか、最初から滅んでるも同然じゃない?」


 そんな気がする。

 所詮、私の力なんてたかが知れているのだし。

 私が戦わないといけないような状態なら、元々滅んでいる気がする。


「……人類を助けたいとか思わないんだね」

「あー……ごめん。気に障ったかな。別に、そういう人のことを揶揄するつもりはなかったんだけれど」

「ううん。ただ、意外で」


 ちらりとアイリの顔を伺う。

 あまり私の言葉を気にしている様子はない。怒ってはなさそう。

 ……良かった。アイリと話せなくなるのは困る。


 この隔離された空中要塞都市に置いて、孤独が紛れるかどうかというのは大事だし。ここ半年の孤独でそれはそれなりに理解できた。それがわかっているなら、もう少し私も慎重に話して欲しいけれど。 

 こういう会話においてあまり深く考えれないのは相変わらずというか。それで何度も失敗してきたのに。

 

「レーネはどうして魔法師になったの?」

「どうして……まぁでも、特に理由はないんじゃないかな。ただ流されただけで」


 討伐隊の魔法師はある程度魔法が使えるのなら、特に試験もなく簡単になれる。それぐらいには人材不足らしい。

 だからただ楽な道を選んだだけという自覚はある。それでこんな場所に来てしまったのだから、私もつくづく愚かだけれど。


「どちらかといえば、母がそう言ったから。と言った方が良いけれど」

「お母さん?」

「そう」


 もうほとんど覚えていない顔だけれど。

 母はいつも私に怒っていた気がする。

 多分、子供という不可解な存在が苦手だったのだろうけれど。


「魔法師になれそうなら、折角だったら討伐隊の魔法師になれって言われて。それでなっただけ。だから別に正規魔法師になりたいって気持ちはないんだよね」

「お母さんはなんで……融合体の出現頻度もどんどん上がってるのに……」

「なんか討伐隊の魔法師の家族には特別手当があるでしょ? あれが目当てだったんだよ」


 アイリは少し気まずそうに口を閉ざす。

 確かに出会って数週間程度の人にこんなことを言われても困るか。

 私としてはあんまり気にしないで欲しいのだけれど。母やそれ以外の家族ともほとんど関係はないに等しいし。


 魔法学校に入る時に別れて以来、もう10年以上会っていない。討伐隊に入れというのも、通信伝言で見ただけだし。母以外の父や妹も今どこで何をしているのかは知らない。


「逆にアイリはどうして?」

「私は……」


 無言。

 彼女は口を開こうとするけれど、すぐに閉じてしまう。


「言いづらかったら、別にいいよ」

「ごめん……」

「ううん。じゃあ、なんでここにいるのかっていうのは、どう?」

「えっと……」

「あ、そうじゃなくて。その、魔法師は全員、待機部屋にいることが推奨されてるよね。でもほら」


 私達はここにいる。

 もう使われていない一室の中。

 戦闘状態じゃなくても、ほとんど使われていない区画。

 端的言えば、人を避けた者が来る場所。

 私とアイリはここで出会ったけれど、どうして彼女がここに来たのかは聞いてなかった。そしてずっと気になっていた。


「私は……居づらくて」

「あー。ね。正直、空気が違うもん」


 半年ほど前にここに入った時のことを思い出す。

 予備魔法師になって、戦闘配置で待機部屋に入った時の、あの触れるだけで怪我をしそうな雰囲気。あまりにも怖い。100人ほどの視線が一斉にこっちを向いて、その視線に刺殺されそうだった。

 一応、柔和そうな雰囲気の場所もあったけれど、そこも別に軽い雰囲気じゃない。いやまぁ、同僚と呼ぶべき人が死地で戦ってるのだから、軽い雰囲気の方が変なのかもしれないけれど。


「まぁ仕方ないとは思うよ。だって、同調率4割以上の人とかは出撃可能性があるんでしょ? 死ぬかもしれない戦場が目の前にあるんだから、ぴりぴりもするよね」

「……うん。みんな怖がってる」

「そう。そうだけれど。私には遠いことだから、居づらいっていうか。アイリもそうなんだ」

「私は、人のために戦うって言うのがよくわからなくて」

「そうだよね」


 多分、おかしいのは私達の方ではある。

 だって、この討伐隊の魔法師の仕事は、遺物と同調してあの融合体と戦う事なのだから、ここに所属することを選んだ時点でそれなりに覚悟はしておくべきなんだけれど。


「でもまぁ、それじゃあ馴染めないよね。私も人のことは言えないけれど」


 まぁ当然ながら、親に命令されて嫌々所属した私なんかには居場所はないわけで。

 そう思えば、アイリとここにくる動機はほとんど一緒ということになる。そう思えば、余計にどうして彼女が討伐隊の魔法師になったのかはわからないけれど。

 

 静寂。

 曇りの中、ちかちかとした遠くの魔法による光が私達を照らしている。

 この距離でもはっきりと見えるような魔法なんて、何度見ても恐ろしい。まぁそれぐらいの力でもなければ、融合体は倒せないということなのだろうけれど。遺物と同調したとはいえ、人の身が扱っていい力とは思えない。


「レーネ」


 言葉が落ちる。

 彼女の声はゆらりとしていて、気を付けないと聞き逃しそうになる。

 それぐらいなんだか聞いてて心地が良い音を出す。


「もし私が逃げ出したいって言ったら、どうする?」

「まぁ、別に止めないけれど」

「もし私しかあれと戦える人がいなかったとしても?」


 首を捻る。

 でも、きっと私には止める資格はない。

 逃げ出してしまうだろうから。


「……一緒に逃げようか。そうなったら」


 もしアイリがいなくなるのは私は独りになってしまうし。まぁ、そんなことができるとは思えないけれど。

 でも、彼女は一瞬の静寂の後に、にこりと笑う。 

 そして。


「うん」


 アイリの返事はあまりにも喜びに満ちていて。

 遠くで眩く光る融合体の断末魔と共に、ずっと私の思考の中で反響していた。

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