魔女の夜遊戯(よあそび)


 ある夜の事だった。

うつらうつらとしていたアーダは、レインの部屋の方から光が漏れているのに気がついた。

 寝ぼけ眼のままふらふらと光に向かって行くアーダ。寝ぼけているのか人間体をなる事も忘れ猫体のままな事にも気づかなかった。その姿は黒猫。そして顔は白い毛並みが艶々としていて妙に黒いフードを被った人を連想させた。


 光はぼんやりと淡く霧ががったように周囲を隠しているのに、アーダは光に力強さを感じ吸い寄せられるように近づいていた。

光は床にぽっかりと円形に穴が空いてそこから漏れているように見えた。いつもの用心深いアーダなら異様な穴に近づく事は無いだろう。しかし、寝ぼけていながらもレインがベッドに居ない事が異様な光にレインが関係しているとアーダの勘が告げていた。

そっと光に近づき、前足が光の縁に触れた途端


⋯しまった!


天地がひっくり返るような感覚と堕ちていく感覚が暗闇の中のアーダに襲いかかった。

何処まで堕ちたのか、回りを見回すと頭上高くまで続く螺旋階段がぼんやりと見えた。足を踏み入れたはずの光はどこにもない。


コツン コツン⋯


アーダの全身が逆立ち、目を見開くと螺旋階段の遥か上に小さな光が揺れている。

⋯降りてくる

それは見てはいけないものだ、と勘が告げている。

そこからの記憶はなく、身体を丸めて全身を毛布に包まり自分のベッドにいるのに気づいた途端、ホッとして意識が睡魔に負けた。


「それでレインは?」ランジェが聞くと

「それがさ、起きた時にはレインの部屋に変な光はなくて、あいつ呑気に寝てたよ」両手を広げる仕草が様になるアーダ

「で、なんで夜遊びなの」セイラはアーダの話に不思議そうに首を傾げて聞いた。

「だって、夜だよ!レインの事だもん、夜になったら魔女の集会とか、箒に乗ってドライブとかありそうじゃない」

セイラとランジェは顔を見合せお互いの頭の中のクエスチョンマークを確認しあった。

「ね、アーダ。気を悪くしないで欲しいんだけどね、それって」

「夢じゃないよ!」ランジェの台詞を遮るアーダ

「何の話?」目を擦りながらレインが階段を登ってきた。

「あっ、レインおはよう!今日は随分お寝坊だけ何かあったの?」

セイラがアーダを制しながら聞いた。

「何かって程の事はないけど、疲れてたみたい」

レインの言葉に昨晩何かあった事に気付き、 3人は顔を見合わ頷きあった。

「やっぱり夜遊びだよね!」アーダは身を乗り出した、

「はぁ???」

「アーダがね、昨日の夜レインがいなかったから夜遊びしに行ったって言うの」

「で、夜遊びするならうちらも連れてって欲しいって話してたところ」

「はぁぁぁ!?」

キラキラと3人が目を輝かせて見つめられレインは観念した。


「本当にいいのね?」レインは最後の確認をする。

「「「うん」」」

「かなり激しいよ?」

「「「うん!」」」

「眠くなっても戻れないからね」

「「「うんうん!」」」

3人そろって同じタイミングで首を縦に振る姿が微笑ましい。


そこは森の中にあるちょっとした広場の様な場所だった。

「みんな目を閉じて」

「「「はーい」」」

「⋯アーダ、見てるのバレてるよ」

「!!何故バレた!」

「はいはい、目隠しするよ」


 目を開けるとそこにはお茶会の用意とステージがあった。

テーブルにはたくさんの料理が並び横には酒瓶が積み上げられている。

暗闇を照らすのは星々からのカラフルなスポットライト。

幻想的な光景に目を見開き口をあんぐりあけた3人を見てレインは吹き出した。

「もうっ呆けてないで、ほらほらみんな座って!」

そして宴は始まった。

ステージ上からは静かで幽玄な音楽が流れている。

「どんどん食べて飲んでね」次々にグラスへと液体を継ぐレインの勢いに呑まれるように食べて飲んだ。


幽玄な調べはやがてゆっくりと地を這うようなバスドラムが混ざり始める。森の大樹の鼓動の高まりさながらハイハットとスネアを交え心地よいリズムは速さと激しさを増していき、森を這い回り蠢く夜の木の根達のような低音で刻まれるベースが聞こてる頃には幽玄さは消え、熱い激情に包まれた。

森が昼の貌を捨て夜だけの隠された貌を魅せたように。

そして4人は我を忘れてステージへと千鳥足で走り出していた。


グゥイィーン ⋯⋯⋯ジャーーーン


煌めく空からの一条の稲光と共に激しく歪んだギターの音が絡みつく。それを合図のように曲は激しく哀しく悩ましく怪しく続き、首がもげる勢いのヘドバンといつの間に現れたのか周囲の人の群れに押し流される狂瀾の森の夜が来た。木々は懸命に葉を揺すり風は繰る繰ると廻り空の星々は曲に合わせるように点滅しながら踊り出す幻影が頭をよぎる。

楽しい!音に揉まれた耳が心地よい!人波に揉まれグルグルと位置が入れ替わる。波に呑まれたセイラとランジェはステージ上で激しく絶叫していた。

会場の一体感は互いをさらに興奮させ、脳が蕩ける快感に酔いしれる。

媚薬のような甘美な空間がそこにあった。


気付けば朝が来ていて酒瓶を大事そうに抱えたセイラとランジェは眠っていた。

「それにしても夜遊びねぇ。アーダ、これでいい?」

「そうだね。朝驚いて2人に話してからレインの行き先に気付いてさ、つい夜遊びって事に、ね」

「全く。それで魔女の夜遊戯はどうだった?」

「最高だね!懐かしくって泣きそうなくらい」

「楽しんでくれたなら、甲斐が有るよ。私も久しぶりだし」

アーダとレインは怪しく微笑んだ。

2人は共犯者の目を隠し、寝ている2人を起こすのだった。


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