4-6

「は?」

「だから、うるせえっす。師匠の泣き言なんか聞きたくないっすよ」

 いつの間にかこちらを向いていた丹尾の目は、朗義の腫れた目元を前にしてもなお、鋭いままだった。

 丹尾は今、苛ついている。

「泣き言じゃない。ただこの先どうするか──」

「嘘っす。人形作家はもう辞めるとか、依頼は断るとか、どうせそんなところっす。私としては義手なんかさっさと作って、いいかげんドールの作り方教えて欲しいんすよ」

「さっさと、って。そんな簡単に済むもんじゃないのは、お前にも分かるだろ」

「それでもさっさと終わらせるっす。じゃなきゃ人形作家辞めることになるんすよ」

「一ヶ月で親父を納得させる作品作りなんて、土台無理な話に決まってるだろっ。親父を知らないからそう言えるんだ、お前はっ」

 それを聞いて丹尾の目が一気に鋭くなる。苛立ちに任せて丹尾が立ち上がって、

「無理だって思うから、今すぐ作業台に向かうべきなんじゃないっすかっ」

 口論が、それ以上の熱を持つことはなかった。朗義は反論の言葉を持ち合わせていない。

 朗義が生涯作り出してきた駄作も、凡作も、朗義にとっての傑作も、元を辿ればただの粘土である。それがより美しくなるように願いながら、誰よりも信用する己の腕を振るう。たとえ無理だと思っても、やるしかない。人形作家に限った話ではない。職人とは、そういう生き物ではないのか。

 まずは、手を動かさねば始まらない。そんな当然の事実を、丹尾だけが理解していた。

 考えてみれば、当たり前だ。

 丹尾もまた、朗義がドールを生み出していくさまを一番近くで見ていた一人なのだから。

「それでも無理っていうなら、辰良先生の言った通りっす。こんなろくでなし師匠のもとで学びたくないっす」

 丹尾の声は少しだけ震えていて、足元で粉々になった粘土が濡れていた。

 だが、朗義を動かしたのは嫌悪ではない。

 弟子に慰められた情けなさと、半人前としてのプライドだけだ。

「──そうだな」

 丹尾、と声をかける。朗義から漏れたのは、優しい語り掛けだった。

「……なんすか」

 弟子にした覚えはなくとも、こればかりはきちんと言っておかねばなるまい。

「ありがとう。すまなかった」

「……師匠から感謝と謝罪を同時に、とか。初めてっす。なんか気持ち悪いっすね」

「お前なあ」

「いいからいいから。掃除の邪魔っす」

 しっし、と朗義を追い払って、

「さ、やるっすよ。師匠」

「はいはい。やりますよ」

 粘土を掴む前に、粘土で薄ら汚れたスマートフォンを取り出し、樹に電話をかけた。

 コールを待つ。

 今、朗義を包むのは緊張でも嫌悪でもなく、あらゆるものへの反骨である。

 コールが途切れた。

「はい──」

 腹は決めた。こうなれば、樹の言葉を待つ必要もない。

「義手、五月中にお渡しします」

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