4-3
「待ってくれ、親父。報酬に関しては協議中だ。納得のいく納品物が作れたらって話で」
「こんなも玩具しか作れない作家もどきが、納得などさせられるものか」
そう言って辰良は、作業台から指を余すことなくかき集め、右手に収めた。
「おい……」
辰良はかき集めた指を眺めながら、ころころと
「親父」
突如腕を振り上げて、
「やめろ、おいっ」
朗義の静止も虚しく、二十本の指が勢いよく工房の塗り壁に叩きつけられた。
原型などと言っても、所詮はただの粘土細工だ。それらは指の形を失って、壁の反対側に立つ朗義の顔まで跳ね返る。
朗義の耳にはスローモーションのように、ぶつかり、砕ける音が延々と響いていた。
自分が何を目にしたのか、朗義にはよく分からなかった。ただ残ったのは、フローリングの床にぶちまけられた粘土の残骸のみである。それを見てようやく何が起こったのかを理解して、途端に膝の力が抜けて、膝から崩れ落ちた。
散らばる破片が膝に食い込んだが、痛くはなかった。
「作り直せ」
ばきり、と。また粘土の割れる音がした。
辰良が形を保ったままの原型を踏み、ぐりぐりとすり潰す様子を、朗義は見ていない。
「ふざけるな。俺の面子を潰したいのか、お前は」
脳裏に浮かぶのは、この原型をきれいだと言ってくれた樹ばかりだ。もとから底抜けに明るい樹が、あの時はいつにも増して喜んでくれていた。それが、樹とってかけがえのない最上の価値であると朗義は思っていた。
手を抜いたつもりは一切ない。出来うる限りのことを目の前に広がる欠片に込めたつもりだ。それだけは樹に胸を張って伝えられる。
それでよいと思っていた。樹が喜んでくれた以上、ここから先はいつものドール製作よりも丁寧に、最高の品質を追い求めて、仕上げていけばよいだけだ。樹が納得してくれなかった時のことなど、考えてもいなかった。自分の仕事であればそれはないと、高を括っていた。
今までのことは、その無垢さに甘えて何も分からない子供に価値のないものを与えて喜ばせたような、そんな茶番を繰り広げただけであったのかもしれない。
ごめんなさい、楔野さん。俺は二度、あなたを裏切っている。
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