4-2
作業台の上に散乱する手と足の指を、朗義は隠す気もない。今更何をどうしたって小言を言われることは確定事項だ。
「朗義、お前なあ──」
ほらきた。
「ストップ、ストップ。言いたいことは分かる。依頼されたものを雑に扱うんじゃないって言いたいんだろ。それくらい分かる、悪かったよ」
「いや、違う」
違う──ならば、何なのだろうか。
少なくとも、目の前にいる辰良は普段の辰良ではない。
「お前、このまま製作を進めるつもりか」
「……なんだよ。かなり丹精込めた原型だぞ」
「そんなもの依頼人には関係ないと言っているだろう。相当に質が低いぞ」
辰良は作業台に近づいて、右手の人差し指を手に取った。真っ先に取り組んで、最も時間をかけた指だ。
辰良はこういう時、最もクオリティの高い要素を選んで指摘をする。質の低いものは、そもそも目に見えていないということなのだろう。
「形状からして、及第点以下だ。肌としての質感を伴わない程度に研磨されているのは、ドールとしての質感を残して欲しいという依頼人の意向なのだろう。だが女性の指にしても華奢すぎる。これがレジンになった時のことを考えてみろ。耐久性は低く、ドールとしての美しさもない。酷く病的な見た目になることくらい想像できないのか」
辰良はそのまま、じっと指を眺める。爪から関節へ、断面へと指をなぞる。汚いものを、おっかなびっくり触れるように。
たとえ指が汗をかき始めたとしても、朗義は何ら不思議には思わない。
「そもそもだ朗義。お前、この案件いくらで受けたんだ」
いくらと言われれば、それは──。
朗義の心臓が、どくんと跳ね上がる。
「いくら、って」
これだけは言いたくない。何よりも辰良にだけは聞かれたくない。
だが、辰良の放つプレッシャーが、朗義の口を開かせる。
暑くもないのに汗が止まらない。
寒くもないのに顎が震える。
「六──」言いたくない。
「六十万か? 独立して三年目の人形作家に対しては充分だろう。だがな、それだけの大金を出した依頼人に対してこれを納品など──」
「六百万」聞かれたくない。何故ならば──。
「……ん?」
「六百万で、受けました」
それは朗義が、樹を裏切っている証左に他ならない。
辰良は、沈黙している。腰に手を据え、俯き、息を吐いて、
「朗義」
視線だけを、朗義に向けて、
「やはり人形作家など辞めろ」
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