4-1
「師匠、起きるっすよ」
飛び込んできた陽気な声を回らない頭で考えるに、
「……十時五分?」
「そうっす」
また製作中に作業台で寝て、出勤してきた丹尾に起こされた、というところであろう。
寝起きで乾燥した喉に、に舞う乾燥した粘土の粉が張り付いていて、少しむせた。
以前同じような状況で、納品間近のドールの足を破壊したことがある。まだ不明瞭な視界に眼鏡をかけて指を数えたが、ばらばらの指たちは、きちんと二十本がその形を保っていた。だが足の指に関しては、どれがどれなのかを選別する作業をし直さなければならない。
とはいえ、今がどんな状況であっても、丹尾に放つ言葉は一つだけである。
「五分遅刻」
「寝てた師匠には私が遅刻したかなんて、知る由もないっす」
丹尾はアルバイト初日ですら五分遅刻している。今更時間通りに出勤してくる訳はない。
何をするにしても寝起きは、顔を洗って歯を磨いて、それからだ。
「そういやさ」
「なんすか師匠。歯磨きしながら喋らないで欲しいっす」
「いや、この間楔野さん家に行った時なんだけど。お前よりも賢い小学生がいたぞ」
「人を馬鹿にするのも大概にするっす」
本当のことなんだけどなあ、と呟いて、
「そんなことより。辰良先生から留守電入ってたっすよ」
突然父親の名前を出されて、歯磨き粉を飲み込みそうになった。慌てて洗面台に戻って、コップに溜めた水で口をゆすぐ。
「マジ? 何て言ってた」
「今日来るらしいっす」
総毛立つ。辰良が顔を出すのは大体開店直後だ。訪れるまでに、あと十分もない。
「先に言え先にっ」
急いで仕事着のかかったハンガーに手をかけた。工房は乾燥させた原型が立ち並ぶせいで、どうしても空気が粉っぽい。本当は常時マスクをするべきなのだが、息苦しさを感じる中での作業が、朗義にはどうしても苦痛だった。
シャツに被った粉を急いで手で払い、部屋着の上から羽織る。肌着のまま出迎えるなど論外だ。それだけでなく、接客態度や経営への姿勢に対してケチをつけられるに違いない。
そもそも、辰良は散らかった作業台が嫌いだ。やがて納品物に至るものは、適切な管理と適切な加工が絶対、というのが辰良の信条である。
それもあり、営業日に来る時はしっかりと工房まで覗かれる。雑な仕事をしていると判断するや否や二、三時間説教をして帰っていくのがお決まりのパターンだ。
毎回落ち度は朗義にあるのだが、丹尾や客にそれと知られるのが嫌でたまらない。
「着替えるから、出迎え頼む」
「はいはいっす」
そもそも、丹尾にも辰良にも無断で自室に入らないで欲しいのだが、二人にそんなことは関係ない。理由は違えど、二人とも朗義の作業風景や売り物ではない作品を目的に入り込んでくる。朗義のプライバシーは、店に誰かがいれば保護されないものになっていた。
そうこうしている内に、からんからん、とドアベルが鳴った。辰良だ。
「辰良先生、いらっしゃいませっす」
「ああ、丹尾くん。治らないな、その語尾は」
「へへ、天性のものっす。師匠なら二階っす。今慌てて身支度してるっすよ」
「余計なことを言うなっ」
二階からの声がどれだけ丹尾まで届いたのかは分からない。だがもう取り繕える段階ではないだろう。それでもエプロンだけは着て、ぎしぎしと音を立てて工房へと迫る辰良の足音を一身に浴びた。
「どうだ、作業の方は。期待は出来なさそうだが」
「別に、順調だよ」
辰良は、ほう、と感心して、
「なら見せてくれ。あの案件の進捗を」
「あの案件って」
「お前の作業台に散乱している義手に決まっているだろう」
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