3-10
だが、この耳打ちが悪戯心を弄んだような気がして、朗義は同じことをし返すことにした。
幸い真智はまだキッチンにいて、こちらに目を向けてはいない。そっと口に手を添えて、樹の耳元がこちらに向くのを待つ。
樹はすぐに、耳を傾けてくれた。
「こちらこそ、不躾な──」
がちゃ。
そこにいればリビングを見通せる玄関扉が、何の予兆もなく開いた。
「……ただいま」
大人びたシックなワンピースを着てはいるが、百三十センチもない低身長に樹と同じブロンドヘアー、そして何より背負ったランドセルが、その少女が何者であるかを示している。
樹の言っていた、妹だ。
その妹は、耳打ちをする男とそれを受け入れる姉が固まっているさまを眺めている。
「お、おかえり。ひーちゃん」
朗義と樹は急いで互いから離れる。朗義は何事もなかったかのように苦し紛れの笑顔を、ひーちゃんと呼ばれた少女に向けた。
「その呼び方やめて、お姉ちゃん」
妹は下ろしたランドセルをリビングの床に放り投げ、内股でソファに座す。咄嗟に朗義は目を閉じたが、ワンピースの下に履かれたホットパンツがちらと見え、内心安堵をした。幼ければなおのこと、間違っても下着を目に入れてしまうのはいささか不純である。
「おかえり、
気づけばダイニングテーブルには真智がいて、桧和と呼ばれた妹に声をかけた。
「……お姉ちゃんが言ってたお店の人でしょ」
「そうだよ、ひーちゃん。人形作家の城戸さん。凄い人」
その形容はどうなのか。
何にせよ、桧和からは一片の好意も感じない。
「わかった」
「わかった、じゃなくて。挨拶は? ほら」
桧和は右手に持っていた本を開いて、そこに目を落とし、
「この人、私が妹だって分かってるだろうし。私もこの人のことを知った。だから、いい」
「そういう問題じゃないの。もうっ」
「大丈夫ですよ、樹さん。こういうの苦手な子もいるでしょうし」
じろりと睨まれた。桧和に対するフォローのつもりで発言したのだが、癪に障ったらしい。
こう見ると桧和の目元は鋭く、樹に似ていない。
「勘違いしないで。苦手じゃない、必要がないだけ。それに」
前髪の間から覗く両目が、威圧感を放つ。「……それに?」
「小さい女の子の人形なんか作ってる男の人と関わり持つの、怖いし」
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