3-11
分かりやすく傷つく言葉が飛び込んできた。
「桧和っ。失礼なこと言わないの」
「いや、いや。平気ですよ。確かにいい歳してドールだなんて、はは」
今まで、夢を馬鹿にされることがなかった訳ではない。だがそれはあくまでも自分と同世代の、堅実な道を歩む人間から見た客観的な意見に過ぎない。
だが目の前にいるのは純真無垢とまではいかなくとも、子供から出た忌憚のない言葉だ。思ったことを、そのまま言ったに違いない。
ははは、と。乾いた笑いが止まらなかった。
「城戸さんっ。しっかりしてください、真に受けないでっ」
朗義の両肩に手を乗せて揺さぶる樹を見て、桧和はとうとうため息を吐いた。
「お姉ちゃん。その指、作ってもらったの」
指の話題となると、樹は朗義から離れ、桧和の眼前まで両手を突き出した。
「うんっ。これ、どうかな? 綺麗でしょ」
桧和は黙ったまま指を眺めている。さしもの樹も、妹の沈黙に耐えかねたのか、
「……変かなあ?」
樹にとっては、思ってもいないことだ。
「別に。お姉ちゃんがいいならそれでいいんじゃない」
話題を振っただけで興味はないという風に、ぺらぺらと厚い紙が捲られていく音が続く。
正気を取り戻した朗義は、桧和の手にある本に目を向けた。
『海のいきもの図鑑』と銘打たれたA4版の表紙には、ジンベエザメの写真が大きくプリントされている。
「海、好きなの? 桧和ちゃん」
挫けるまいと話しかける。今後もこの楔野家に通うかもしれないのだ。真智に続いて桧和とまでギクシャクはしたくない。
「名前で呼ばないで」
桧和はこちらを見ようともしない。冷たく突き放す声に、少しめまいを感じた。
「じゃあ、何て呼べばいいかな?」
「妹、でいい」
兄でもない人物に自分を妹と呼ばせる分にはよいらしい。桧和の中でどのような線引きがされているのかは掴みかねるが、流石にそのまま呼び捨てる訳にもいかない。
「じゃあ、妹ちゃん」
捻り出した妥協案で、桧和は少しだけ不服な表情をして、
「……まあいいけど。何?」
「いや、海が好きなのかなあって」
「特に海が好きって訳じゃない。生き物が好きだから、それだけ」
桧和から先ほどまでの拒絶は感じられない。それでも桧和の地雷を綱渡りのように、少しずつ会話の歩を進めていく。
「そっか。一番好きな生き物とか、どんな子?」
桧和は少しだけ目線を下にやって、
「……ウラギンシジミ」
聞いたこともない。シジミというならば──。
「言っておくけど、蝶だから。二枚貝じゃない」
何度も聞き返されたのだろう。考える前から、心の内を見透かされていた。
「どんな蝶?」
「……城戸、さん。スマホ、持ってる?」
「うん、持ってるよ。検索しようか?」
桧和はこくりと頷いて、
「隣、座っていいから」
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