3-8
「いやいや。まだ仮も仮なので……粗もありますし、全体のバランスを確認する程度です」
朗義が何も言わずとも、樹は右手を差し出してきた。
「失礼します。ベルトで固定しますので、きつかったら言ってください」
樹の腕に手を回し、指の付け根から伸びるベルトを緩く巻き付ける。指の位置を断面に合わせて調整し、徐々に締め付けを強くしていく。もとより樹の為だけに作られたものであり、固定に苦慮することは一切なかった。
そうして樹の右手から、指が生えた。血色のない白い原型は樹の肌と全く馴染んでいない。それでも樹は、自身の新しい指をまじまじと見つめている。
「いかがですか」
「これ、すごい。断面がぴったり……角度まで合わせて作られてる」
断面と原型の間に隙間はほとんどない。採寸の時、各指の形状と設計図のラフを手帳に起こしたものをもとに、その精度にこだわった箇所だ。動じずにいたが、指の固定が上手くいった時、朗義は確かな手応えを感じていた。
「じろじろと観察したようで、なんだか申し訳ないのですが」
「すごいです、すごいですよ城戸さんっ」
根本がまだ崩れずにいる分、指は少しだけ動かせる。樹はそれが面白いようで、先ほどからずっと指を波打たせている。
「見て、お母さん。また指が出来たよ。ほら、ほら」
ダイニングテーブルに身を乗り出して、真智の眼前に腕を伸ばす。
馬鹿げていると言った真智が今度はどんなことを口走るのか、朗義は少し警戒していたが、
「うん……素敵ね、本当に」
やはり娘の前では、本心を口にしようとはしない。
「よければ左手も。ぜひ両手あわせてご覧ください」
少し焦って、話題を逸らすように提案した。どちらにせよ両手とも確認しなければ意味がない。
「はいっ」
ケースからもう一つ指を取り出し、また同じように固定する。左手にも隙間はない。
前代未聞の依頼であっても、下準備が身を結ぶとやはり嬉しいものである。
「うん、うん。城戸さん、これ最高です。私とっても気に入りました」
「それは何よりです……樹さんはこれで違和感など感じませんか?」
「違和感、というと?」
「いえ、少し中指が長いような気がしまして」
指を広げて両手を観察し始めた樹だったが、特には、という言葉が返ってきた。
「むしろこんなに綺麗な指、私にはもったいないくらいで」
「そしたら、このままでいきましょう」
無闇に調整を続けて、納品が遅くなれば断面の形状も変わる。それならばこのまま早急に仕上げまで進めるのが吉と考えての判断である。だが朗義としてはもう一つの理由があり、
「それに、樹さんにはこれくらい長くてしなやかな指が似合うと思ったんです。勝手ながら、僕個人の価値観ですが」
どちらかといえば、この理由の方が朗義にとっては大きかった。指のない樹の方が美しいということを頭で理解しているのだが、指そのものを美しく作るということに関して、朗義はどうしても手を抜けなかった。樹の手に似合う指はどのようなものか、考えずにはいられなかったのだ。
「そ、それは……どうも」
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