3-7

 味のしない紅茶を啜って、樹の戻りを待つ。真智は再び筆を走らせている。ペンの滑る音に肌を引っかかれるような不快感が、朗義を包んでいた。

「おかあさーん」

 階段から樹の声が聞こえて、朗義は自分がまともに呼吸をしていないことに気がついた。樹には何も悟られないよう、ゆっくりと息を吐く。

「菓子折り、どこ? お土産のやつ」

「キッチンに置いてあるわ」

 真智の目から殺気のような雰囲気は消えていた。

「はいこれ、城戸さんへ。並ばないと買えないって評判のクッキーなんですよ」

「そんな、お気遣いなく」

「いえ、せめてものお礼ですから。どうぞどうぞ」

 手渡された紙袋は重みがあり、それだけで高級感がある。持ち帰ったところで丹尾に半分以上は食べられるのだろうな、などと関係ないことを思った。

「母が店長さんとお友達で、たまに送ってくれるんです。少しズルですよね」

「はあ……それじゃあ、お言葉に甘えて」

 嬉しそうに、にっこりと笑う樹に恥じらう様子はなかった。自室で気持ちの整理をつけてきたのかもしれない。

「随分と城戸さんと仲がいいのね、樹」

「そりゃあもう、とっても親切な方だから。話したでしょ? 城戸さんのこと」

「ええ、全部覚えるくらい」

 二人が談笑しているのを、朗義は眺めていた。こうして見れば裏表のない、関係良好な親子でしかない。

 だが朗義は、真智の発言がどうしても引っかかっていた。樹がスフェーンを訪れた際、母親と妹の反対を押し切ってここへ来た、という話をしていた気がする。提案としてはあまりに突飛であることを考えれば、反対することはまだ理解できる。

 だが、不治の病に侵された娘の願いを『馬鹿げたもの』とまで言い切る理由が分からなかった。

「あの、樹さん」

「はい?」

「指……まだ原型の段階ですが、合わせてみてもよろしいでしょうか」

 樹は表情を明るくし、

「はいっ。もちろんですっ」

 バッグからケースを取り出し、蓋を開く。割れないように隙間へと詰め込んだ薄葉紙を丁寧に取り除き、その全貌を晒す。

 その様子を、真智は手を止めて眺めていた。

「これが、手指義手の原型です」

 かちゃかちゃと、ナイロンの糸で繋がれた指が音を立てて遊ぶ。指のほとんどは乾燥後に研磨されたもので、照明のハイライトが鋭く差し込んでいた。

 美しくも、美しさを損なう粘土細工である。

「これ、完成品じゃないんですか」

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