退職届と恋心、セットでご注文の三山先生。

五月雨恋

退職届と恋心、セットでご注文の三山先生。

 緑が徐々に色づき、秋の深まりを感じる頃。

 高校二年、ひいらぎ葉月はづき。成績は平均以下の、まあよくいるロングヘアのギャル。……まぁ細かいところはいいじゃない?

 そんな私が、今日も進路指導室へ足を運ぶ。


「失礼します」


 私はキチンとしたギャルなので、語尾は伸ばさない。……普段もたぶん。


ひいらぎか」


 奥で書類を整えていた担任の三山みやま先生が、眼鏡をクイっと上げてこちらを見る。

 ひょろっと背が高くて、くせ毛を軽くセンター分け。銀縁の眼鏡に、白い肌、眠そうな目。――そんな男だ。


「そこで勉強しても良いですか?」


 進路指導室の片隅を指さすと、先生はわざわざ姿勢を正して言った。


「いや、その前に一つ言っておきたい事がある」

「結構です」


 予想はついている。二択だから。


ひいらぎ、好きだ」

「聞こえません」


 はい、告白のほう。

 三山みやま先生曰く「心は押さえられるが、言葉が溢れてしまう」のだとか。……要するにバカだ。


「良かった。OKだったら教師を辞めないといけないからな」


 そう言って胸ポケットから退職届をスッと取り出し、静かに鞄へしまう。

 これ、ほぼ毎日のルーティン。なんて嫌な習慣なんだろう。


「告白だけでもアウトですよね?」

ひいらぎがそう言うなら……」


 先生はいそいそと退職届をまた取り出す。


「でも聞こえてないのでセーフかもしれません」

ひいらぎがそう言うなら」


 今度はニッコリ笑って、また仕舞う。

 ……本当に、何をやってるんだろう、この人。


「先生って、ギャル好きなんですか?」

「今は好きだな。ひいらぎみたいな清楚寄りのギャルだけ」


 即答か。


「じゃあ、どんな子がタイプなんですか?」

ひいらぎ。だからひいらぎのご両親のことも、五十パーセントずつタイプだ」


 ドヤ顔で言うな。


「私、母親似で目元だけ父親似なんですよ」

「ふむ……」


 先生はしばし考え込み、真顔で言った。


「……お義父さんの目を、直視できないかもしれない」


 ……“お父さん”の字が違う気がした。


「だからひいらぎが卒業するまでに、対策をしなければ」

「なんでですか?」

「結婚するには挨拶がいるだろ?」

「いやしないし。進路調査票にも“大学進学”って書いたじゃないですか」


「それなんだが」


 三山みやま先生が立ち上がる。……いや、なんで立ったの?


「大学は四年。短大でも二年だ」

「そうですね」

「俺に、そんなに待てと?」

「結婚したいなら、その辺の誰かと結婚すれば良いじゃないですか」

「嫌だ。ひいらぎが良い」

「バカなんですか?私の進路を勝手に決めないでください。大体三山みやま姓にもなりませんから」

「当たり前だ。俺がひいらぎになる」

「……」


 私はしばし考える。いや、これ完全にアウトじゃない?

 先生はハッとした顔で、また退職届を取り出した。


「これはおそらく……パワハラに該当する」

「私が大学に行けば、セーフになるんじゃないですか?」


 私はカバンから勉強道具を出し、黙々と机に広げる。

 先生はしばし頭を抱えていたけど、結局は頬杖をつきながら、じっとこちらを見ている。


「……なんですか?」

「いや、横顔も綺麗だなって」


 先生はそう言って笑った。


 ……ほんと、ばーか。

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退職届と恋心、セットでご注文の三山先生。 五月雨恋 @samidareren

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