第9話
翌朝。
いつものように、焼きたてのパンとスープの香りが食卓を包んでいた。
ザーハさんはパンをちぎりながら、ちらりと僕を見た。
「なぁ、アル。昨夜……セルマに何かされなかったか?」
「えっ!?」
思わずスプーンを落としそうになる。
頭の中に“セルマお姉ちゃん”と呼んでしまった昨夜の出来事が一瞬で蘇った。
「べ、別に! セルマおね……じゃなくて、セルマさんからはなにもされてないよ!」
「……本当か?」
「う、うん、本当。 えっと、それより今日は何するの?」
必死に話題を変えると、ザーハさんは怪訝そうに眉を寄せたまま答える。
「ん? ああ。今日はフィオナと一緒に街の武器屋に行く」
「え? 武器屋に?」
僕は思わず聞き返した。
フィオナさんがスプーンを置き、少しだけ照れくさそうに笑う。
「うん。ザーハが自分の武器があったほうがいいって」
セルマさんは頷きながら言った。
「ということは、フィオナも今度一緒にクエストを受けるのね」
「まぁな」
ザーハさんはパンを口に放り込みながら短く返す。
僕は隣に座るフィオナさんを見た。
「そうなんだ。……頑張ってね」
「うん」
少しだけ頬を赤らめながら、フィオナさんは小さくうなずいた。
すると、セルマさんがニコリと笑いながら僕の方を見た。
「ということは、今日はアルは私とお留守番ね」
「えっ……あ、うん」
朝食を終えると、ザーハさんとフィオナさんは出発の支度を整え、街へと向かっていった。
その背中を玄関先で見送りながら、僕は軽く手を振る。
「いってらっしゃい!」
「アル、留守番頼んだぞ!」
ザーハさんが手を上げ、フィオナさんも笑顔で振り返した。
家の中が静かになり、僕は朝食の片づけを始める。
その背後から、ふわりと柔らかい声がした。
「ねぇ、アル」
「はい。なんですか、セルマさん」
振り返ると、セルマさんがテーブル超しにこちらを見ていた。
ラフな服装で、どこか上機嫌そうな表情だ。
「今日、薬草採りから帰ってきたら、ちょっといい?」
「はい。大丈夫ですよ。なにか用ですか?」
「うん。アルの誕生日プレゼント、あげようと思って」
「えっ……いいんですか!?」
思わず声が弾む。
セルマさんはいたずらっぽく笑って、指先で唇を押さえた。
「ふふ、帰ってきてからのお楽しみ。じゃあ、がんばってきなさい」
僕は嬉しさを胸に、薬草採取の準備を整え、いつもの森へと向かった。
◇ ◇ ◇
正午前。かごいっぱいの薬草を抱えて家に戻ると、リビングのソファでセルマさんが本を読んでいた。
「ただいま戻りました」
「おかえり、アル。おつかれさま」
セルマさんは本を閉じ、軽やかに立ち上がる。
「さて――プレゼントの時間ね」
「え? い、今ですか?」
「もちろん。外に行こっか」
そう言って、僕の腕を取ると、セルマさんはそのまま裏庭へと連れ出した。
「じゃあ、アル。誕生日祝いとして――今日は特別に魔法を教えてあげるわ」
「……魔法、ですか?」
「ええ。将来、冒険者になりたいんでしょ?」
セルマさんは、少し誇らしげに腰に手を当てた。
「アルは魔法の適正があるから、素質はあると思ってたの。少し練習すれば、すぐに形になるはずよ」
「ほ、本当ですか!?」
「本当よ。だから、ちゃんと教えてあげるわね」
胸が高鳴った。
剣や薬草採取ばかりの自分に、“魔法”という新しい扉が開かれる気がしてならなかった。
僕が期待に満ちた目で見上げると、セルマさんは指を立ててにやりと笑う。
「ただし、教えてる間は“セルマ先生”と呼びなさい」
「えっ……先生?」
「そう。先生。さぁ、言ってみて?」
「……セ、セルマ先生」
「うふふ。よろしい♪」
こうして僕は、“セルマ先生”の魔法指導を受けることになったのだった。
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