第7話
昼下がりの街をあとにして、僕たちはいつものように食料品と生活用品を買い込み、のんびりと村への道を戻っていた。
荷車に詰めた野菜や肉、香辛料。ギルドでの一件もひと段落して、気持ちはどこか穏やかだった。
◇ ◇ ◇
家へ帰ると、僕たちはそれぞれ荷物を下ろして、リビングのテーブルへ買ったものを並べた。
木のテーブルに、食材がずらりと並ぶ光景はなぜか心を満たしてくれる。
「ふわぁ……みんな、おかえり」
寝室の扉が開き、セルマさんがゆるりと姿を現した。
ラフな服装に乱れた黒髪。どう見ても“昼まで寝てた人”そのものだった。
「ただいま、セルマさん」
「ん〜……って、あら?」
テーブルの上に並ぶ肉の塊を見て、セルマさんが首を傾げた。
「今日ってなんかのお祝いだったっけ?」
「フィオナのパーティー加入祝いだ」
ザーハさんが腕を組みながら言う。
「へぇ〜、そうなのね。改めてよろしくね、フィオナ」
「あ、うん。こちらこそ……」
フィオナさんが少し戸惑いつつ頭を下げる。
ザーハさんが軽く肩をすくめた。
「ま、名目上だけだがな」
「あら、そうなの」
セルマさんは興味深そうに頬杖をついた。
「でもさ、それじゃちょっともったいなくない?」
「ん?」
「だって、記憶喪失とはいえ金等級冒険者だったフィオナがせっかく加入したのよ? もしかしたら、弱い魔物でもいいから戦えば何か思い出すかもしれないじゃない?」
ザーハさんは腕を組んだまま、少し考え込み、短く返す。
「たしかに……それもそうだな。わかった、少し考えておく」
「ふふ、それでいいのよ」
セルマさんはザーハさんの返答を聞いて満足そうに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
やがて、夕方。
僕が厨房で手際よく作った料理がテーブルを彩った。
香ばしい肉のソテー、野菜のスープ、焼きたてのパン。
ちょっとしたごちそうに、全員の顔がほころぶ。
「うんまっ! やっぱアルの飯は最高だな!」
「ほんとに、美味しいです……」
嬉しそうに食べる面々を見て、僕も自然と笑顔になる。
そんな中、セルマさんがふと思い出したように言った。
「そういえば、明日はアルの誕生日だったわよね?」
「あ、うん。そういえば、そうだね」
すっかり自分の誕生日のことを忘れていた僕が返答すると、セルマさんは少し思案して呟いた。
「去年の誕生日プレゼントは……たしか、家事代行だったっけ?」
「うっ、セルマ。それだけはやめろ、思い出させるな」
ザーハさんが即座に叫ぶ。
去年の“惨事”を思い出したのか、眉間に皺を寄せていた。
「あら、あれはあれで楽しかったじゃない」
「台所を燃やしかけた奴が言うな!」
フィオナさんがくすりと笑う。
「ふふ、賑やかでいいですね」
セルマさんはグラスを揺らしながら、悪戯っぽく言った。
「まぁ、明日までには何か考えておくわ。楽しみにしててね、アル」
「うん」
僕は思わず苦笑しつつ、ザーハさんの方を見る。
「ザーハさんは、今年も僕に何かくれるの? でも、僕……あまり高価なものはいらないよ?」
「ふん。アルのくせに遠慮なんてすんな。当日まで楽しみにしてろ」
「う、うん。わかった」
そう言うと、隣のフィオナさんが少し考えてから微笑んだ。
「えっと、アル。そういうことなら、私も……何か用意しておくね」
「えっ? いいよ、そんな……」
「ううん、いいの。助けてもらったお礼も兼ねて、ね」
そう言われると、断ることもできず、頬がほんのり熱くなった。
そんな空気をぶち壊すように、セルマさんがさらりと言った。
「さて。今夜は私がアルと寝るけど、いいわよね?」
「……は?」
ザーハさんの動きが止まった。
「なんでだ?」
「だって、ザーハばっかりだとずるいでしょ? ここは平等に、毎晩交代でいいじゃない」
「な、なにを言ってるんですかセルマさん!?」
思わず声が裏返った。
頭の中に、セルマさんの普段の寝姿――セクシーな寝間着、乱れた髪が一瞬よぎって、顔が熱くなる。
ザーハさんが眉をひそめた。
「いや、お前は……」
「あら、普通の寝間着ならいいんでしょ?」
セルマさんは軽く笑いながら続けた。
「この前ちゃんと買ったから問題ないわ」
その堂々とした態度に、ザーハさんは頭を抱える。
「……わかった。好きにしろ。ただし、変なことはするなよ」
「はーい」
セルマさんは珍しく素直に答え、上機嫌でグラスを傾けた。
僕はというと、そんな二人のやり取りを見ながら、ただただ混乱していた。
こうしてその夜も、我が家のリビングには笑い声が響いていた。
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