第6話

 翌朝。

 朝食を終えると、僕たち三人――ザーハさん、フィオナさん、そして僕は、街へと向かう準備を整えていた。

 目的は二つ。

 僕が昨日採取した薬草をギルドに納品すること。

 そして、フィオナさんの身分証代わりとなる“ギルドカードの発行”を行うことだ。


「私は留守番してるわ」


 セルマさんはラフな服装のまま伸びをして、あくびを噛み殺す。


「それじゃあ、行ってらっしゃ~い」


 そう言って、寝室へとゆったりと戻っていった。

 そんな彼女を見送り、僕たちは街道を歩き出す。

 余談だが、フィオナさんは身バレ防止のために眼帯をして変装をしている。


◇ ◇ ◇


 村から街までは小一時間ほど。

 石畳の道が見え始め、賑わう声が遠くから聞こえてくると、胸の奥が少しだけ高鳴った。


「ここが……冒険者ギルドのある街、ですか」


 フィオナさんが周囲を見渡しながら呟く。

 その表情はどこか懐かしそうでもあり、不思議そうでもあった。


「そうだ。王都のギルドと比べりゃ小さいが、田舎にしちゃ十分だろ」


 ザーハさんが得意げに笑う。

 そして、街の中心にそびえる大きな建物――木と石でできた頑丈な造りのギルドへと足を踏み入れる。

 昼前のギルド内は活気に満ち、冒険者たちの話し声や笑い声が響いていた。


「よーし、まずはアルの取引だな」

「うん」


 僕は受付のカウンターへと歩み寄る。

 そこには、桃色のショートヘアが印象的な女性職員のモモさんが座っていた。


「あら、アルくん。今日も元気そうね」


 にこやかに微笑むモモさんに、僕は軽く頭を下げる。


「こんにちは、モモさん。薬草の納品に来ました」

「はいはい、いつものね。アルくんは本当に働き者だね」


 優しく応じるその声が、僕の少し後ろで聞いているザーハさんに向けられた瞬間、トーンが変わった。


「はぁ……。やっぱりあんたもいたのね、ザーハ」

「おう。なんだよ、そのテンションの落差」

「別に?」


 モモさんはつんと顔をそらした。ザーハさんがむすっと唇を尖らせる。

 フィオナさんが、そんなやり取りを見て小さく笑った。


「アルも冒険者なの?」

「えっと……違うかな? 一応、登録だけはしてるけど」

「登録だけ?」

「うん。ギルドで薬草を取引するには、最低限登録が必要なんだ。僕は一番下の白磁等級だよ」

「なるほど……」


 フィオナさんは納得したように頷いた。

 しばらくして、薬草の確認が終わり、モモさんが小袋に入った報酬を差し出す。


「品質も悪くないわね。これが今日の分」

「ありがとうございます」


 僕が頭を下げると、モモさんの視線が後ろのザーハさんに移った。


「で? ザーハは何の用?」

「ああ、それはな。実は……」


 ザーハさんは横に立つフィオナさんを顎で指した。


「この人を冒険者登録したいんだが、ちょっとワケありでな。悪いが、ギルマスと話をさせてくれ」

「あのね、ザーハ。ギルマスに会うには面会の約束が——」

「モモさん。僕からもお願いします」


 思わず口を挟むと、モモさんは一瞬だけ目を丸くして、すぐに小さくため息をついた。


「……もう、アルくんが言うなら仕方ないわね。少し待ってて」


 くるりと踵を返し、奥の階段を上がっていくモモさん。

 それを見送りながら、ザーハさんがぼそっと呟く。


「まったく、現金なやつだ」


◇ ◇ ◇


 しばらくして、モモさんの案内でギルド二階の一室――ギルドマスター室へ通された。

 部屋の中央には立派な机。その向こうに、禿頭の壮年の男性――ギルドマスターのトマスさんが座っていた。

 筋骨たくましい体つきで、腕を組んだままこちらを見てくる。


「おう、アルか。久しぶりだな。元気にしてたか」

「はい。お久しぶりです、トマスさん」


 僕は礼儀正しく頭を下げた。

 トマスさんは軽く笑い、視線をザーハさんに移す。


「モモから聞いたぞ。ワケありの人物を連れてきたそうだな。説明してくれ」


 ザーハさんが一歩前に出る。


「こいつはフィオナ。王都で活動していた金等級冒険者だ。だが、今は記憶を失ってる」

「ん? あのソロで金等級冒険者になったというフィオナ、だと?」


トマスさんの太い眉が動いた。


「……ふむ、確かめさせてもらおうか」


 机の上の水晶を指し示すと、トマスさんは言った。


「すまんが、この水晶に手を当てて、魔力を流してくれ」

「ま、魔力……?」


 フィオナさんが戸惑うと、ザーハさんが横から助言する。


「力を込める感じで念じればいい」


 おそるおそるフィオナさんが水晶に触れると、淡い光が灯り――浮かび上がった文字列に、全員の息が止まった。


 【王都ギルド所属 金等級冒険者 フィオナ】


 モモさんが目を見開く。


「ほ、ほんとに……王都で噂になってたソロ冒険者のフィオナさん……?」

「だから言っただろ」


 ザーハさんが腕を組む。


「トマス、頼みがある。この登録情報の名前をフィーナに変えてくれ。それと、等級もあたしと同じ銀等級に下げてほしい」

「ほう。理由は?」

「フィオナの安全のためだ。今の状態じゃ、また誰かに狙われる可能性があるからな」


 トマスさんはしばし考え込み、うなずいた。


「……なるほどな。そういうことなら、わかった。俺の権限でそうしておく」


 そして、トマスさんはどうやら疑問に思ったことをザーハさんに尋ねた。


「それで、彼女——フィーナくんはザーハのパーティーで預かるのか?」

「ああ、そのつもりだ」


 フィオナさん――いや、これから人がいるところでは“フィーナ”と呼ばれる彼女が、少し驚いた顔でザーハさんを見る。


「いいんですか……ザーハさん。そんなこと迷惑では?」

「心配すんな。名目上の話だ。あたしたちのパーティーメンバーなら、誰も余計なちょっかいは出さねぇからな」


 ザーハさんは肩をすくめて笑う。


「記憶喪失の私なんかで……お役に立てるか分かりませんけど。あの、よろしくお願いします」


 フィオナさんが不安げに言うと、ザーハさんは軽く笑って答える。


「ああ、よろしくな」


 そして、ザーハさんは再びトマスさんを見る。


「それで、トマス。何か王都で変わったことがないか知ってるか?」

「いや、特には聞いてねぇな」

「そうか、わかった」


 ザーハさんが小さく息を吐く。


「……よし、今日のところはこれで終わりだな。トマス、また何か情報が入ったら教えてくれ」

「ああ、任せておけ。アル、ザーハ、フィーナ、気をつけて帰れよ」

「おう、世話になったな」


 ザーハさんが軽く手を上げて部屋を出る。

 モモさんの案内で階段を降りる途中、ザーハさんがにやりと笑って言った。


「よし、アル。腹減ったな。何か飯食って帰るぞ!」

「うん!」

「フィオナもつきあえ。街の飯屋、うまいとこ知ってんだ」


 そんな調子で、僕たちは明るい日差しの中、賑わう街へと足を向けた。

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