第5話

 昼食を終えると、テーブルの上には空になった皿がいくつも並んでいた。

 ザーハさんは背もたれに腕をかけ、豪快に伸びをする。


「ふぅ〜……食った食った! で、アル、これからどうすんだ?」

「そうですね……」


 僕は手元の湯呑を持ち上げ、隣に座るフィオナさんへ目を向けた。


「フィオナさんには、記憶が戻るまでの間は、この家で過ごしてもらいます」

「ふーん。ま、アルが決めたことならいいけどよ」

 「そうね、それなら私も賛成ね」


 そうして話はまとまり、ひと息ついたその時だった。


 「で、今夜はどうするの?」


セルマさんが唐突に口を開き、ザーハさんが反応する。


 「今夜……?」

 「寝る場所の話よ」


 妖艶な笑みを浮かべながら、セルマさんは頬杖をつく。


 「……あっ」


 そうだ。

 この家にはベッドが三つしかない。

 一つは僕の部屋。残りの二つは両親の部屋で、昨夜は僕が使ったけど普段はザーハさんとセルマさんが使っている。


「だったら僕が、リビングのソファで寝ます」

「ダメだ」

 

ザーハさんが食い気味に言う。


「そんなとこで寝たら風邪ひくに決まってんだろ。第一ここはアルの家だろ? 家主がソファで寝てどうする」

「で、でも……」


セルマさんがくすくすと笑いながら口を開いた。


「なら、こうしたら? ザーハは実家で寝て、アルが私と同じ部屋で寝れば丸くおさまるわね」

「それこそ、ダメに決まっているだろ!」


 ザーハさんの怒声が轟く。


「あら、別にわたしにもちょっとくらいアルを貸してくれたっていいじゃない」


セルマさんは肩をすくめ、いたずらっぽく唇を尖らせた。


「アルはまだ子どもだ! お前の寝巻姿なんか見せられるか!」


 その瞬間、控えめな声が響く。


「じゃあ……アルは私と一緒に寝るというのはどうでしょう?」


 フィオナさんが、少し恥ずかしそうに、それでも真面目な顔で言った。


「へぇっ!?」


 僕の頭の中で、何かが真っ白に弾ける。

 思わずフィオナさんの顔を見つめてしまい、頬がじわっと熱くなった。


「なっ、ななな、なに言ってるんですかフィオナさん!?」

「だって、アルが困ってるみたいだから……」

「っく、それもダメだぁぁぁ!!」


 ザーハさんが椅子を倒す勢いで立ち上がる。


「もういい。アルはあたしと寝る! 決定だ!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいザーハさん!?」

「聞こえねぇ! 文句があるなら寝る前に言え!」


 そんな強引な流れで、夜、僕は結局ザーハさんと同じ寝室で眠ることになった。


 ◇ ◇ ◇


 灯りを落とした部屋で、ザーハさんと並んで寝転ぶ。

 こうして一緒に寝るのは、いつぶりだろう。

 両親が亡くなった直後、泣き疲れた僕を抱きしめてくれたあの夜を思い出す。

 あの時、ザーハさんはずっと僕の頭を撫でながら言った。


「大丈夫だ。あたしがついてる」


 その言葉は、今でも心の支えだ。

 僕は静かに呟く。


「……ありがとう、ザーハさん」

「ん? なんだ急に」

「いえ……なんでもないです」

「ふん。ま、いいけどな」


 ザーハさんはそう言い、何かを思い出したかのように話を続けた。


「あ、そういえば、アル。いくらフィオナが美人だからって、あんまりデレデレすんなよ」

「え?」

「男としてみっともねぇからな。わかったか?」


 その言葉に、思わず笑ってしまった。


「うん。気をつけるよ」

「ならいい」


 そのままザーハさんの寝息が静かに戻っていく。

 僕はその音を聞きながら、ほんのり温かい気持ちで目を閉じた。

 こうしてまた、少し騒がしいけれど幸せな夜が過ぎていくのだった。

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