第4話
翌朝。
家の中はしんと静かで、窓の外から鳥の声が聞こえてくる。
テーブルには僕が用意した簡単な朝食が並べられている。
普段着に着替えた僕とフィオナさんは席につき、二人で昨日の夕食の時のように「いただきます」と声を合わせた。
パンの香りとスープの湯気がゆっくりと立ちのぼり、
柔らかい朝の光の中で、僕の胸の奥がじんわりと温かくなった。
食後、僕は腰に薬草採取用のポーチを下げた。
「これから森へ行ってきます。薬草を採る仕事をしなくちゃいけなくて」
「薬草……。ねえ、アル。それって私もついて行っていいかな?」
「えっ? フィオナさんも?」
「うん。助けてもらってばかりじゃ悪いから……」
その目にはしっかりとした意志が宿っていた。
僕は少し悩んだ末、うなずいた。
「……わかりました。でも、無理はしないでくださいね」
「ええ、気をつけるわ」
◇ ◇ ◇
森の空気は澄んでいて、木漏れ日が揺れていた。
僕は膝をついて薬草を摘みながら、そっと隣のフィオナさんに視線をやる。
陽の光に髪がきらめいて、どこか幻想的に見えた。
「アルは、いつも一人で暮らしてるの?」
「えっと……普段は“ザーハさん”と“セルマさん”って人たちが一緒に住んでますね」
「え、一緒に?」
「はい。ふたりとも冒険者で、今は仕事で出かけてるんです」
「そう……。なんだか、賑やかそうね」
「はい。二人が戻ってきたら、フィオナさんにも紹介しますね」
そう言うと、フィオナさんは少し笑って、
森の中を吹き抜ける風の音に耳を傾けた。
◇ ◇ ◇
薬草採取を終えて、昼前には家へ戻った。
玄関を開けると、いつもの静かな空気が戻ってくる。
「フィオナさんの服と鎧。乾いたので、お返ししますね」
「ありがとう、アル」
フィオナさんが着替えて戻ってくると、少しほっとしたような表情をしていた。
僕は椅子に座りながら尋ねる。
「……少しは、何か思い出せましたか?」
「ううん。残念だけど、やっぱり何も……」
そう言って微笑むフィオナさんの表情に、少しだけ寂しさが混じっていた。
そのとき――
コン、コン。
玄関の扉が叩かれた。
僕が応対するべく、玄関の戸を開ける。
すると、
「アルぅーっ!!」
勢いよく飛び込んできた赤髪の影に、僕は勢いよく抱きしめられた。
「わっ!? ざ、ザーハさんっ!?」
「くはーっ、やっぱアルの匂い最高!」
「ちょ、やめてくださいってば! 息がっ……!」
がっしりとした腕で僕を抱きしめながら、ザーハさんは満足げに深呼吸した――が、
次の瞬間、ぴたりと動きを止めた。
「……ん? あれ? なんかいつもと違ぇな……。アル、なんか女の匂いするぞ?」
「えっ!?」
ザーハさんの目が鋭くなり、ゆっくりと僕の背後を覗き込む。
そこには、静かに立っていたフィオナさん。
その姿を見たザーハさんの眉が跳ね上がった。
「……は? アル、お前いつの間に女連れ込んだんだよ!?」
「ち、違いますっ! これは――!」
「うふふ、随分と賑やかね」
黒髪を揺らしながら現れたのは、黒髪の妖艶な美女ことセルマさんだった。
妖艶な微笑みを浮かべ、目元には少しだけ悪戯っぽい光が宿っている。
「私たちが居ない間にアルもずいぶんと大人になったのねぇ」
「ち、違うんですってばセルマさんまで! 誤解です!」
「説明しろよ、アル。誰なんだこの女は?」
ザーハさんが腕を組み、じろりとフィオナさんを睨む。
「私は……フィオナ。アルに助けてもらったの。今は記憶を失ってて……」
その言葉に、ザーハさんの目が少し細まる。
セルマさんは唇に指を当てながら、ゆるく首を傾げた。
「フィオナ……? なんだかその名前、聞き覚えがあるような……。
ねぇザーハ、あんたも思わない?」
「ああ……その恰好。まさかとは思うが……王都でソロのまま金等級冒険者になったとかいう女剣士のフィオナじゃねぇのか?」
「金等級冒険者……?」
フィオナさんはぽかんとした表情を浮かべた。
「やっぱり……アルの言う通り、どうやら記憶を失っているみたいね」
セルマさんが小さくため息をつく。
◇ ◇ ◇
昼食の時間。
四人でテーブルを囲むと、家の中は一気に賑やかになった。
「信じらんねぇな……金等級冒険者のフィオナがうちにいるなんてよ」
ザーハさんはスープを豪快にすすりながら、口を大きく開けて笑った。
「私はよくわかりませんけど……」
フィオナさんは困ったように微笑む。
「そうね。しかも、まさか記憶喪失だとはねぇ……」
セルマさんが同情するように言い、少ししてから和やかに呟く。
「で? アルくんとはどんな夜を過ごしたのかしら?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいセルマさん! そんなのありませんから!」
「うふふ、冗談よ?」
セルマさんがくすくすと笑い、ザーハさんはパンを頬張りながら、
「冗談に聞こえねぇんだよなぁ」と呟いた。
僕の穏やかな日常は、同居人の二人が帰ってきたことでこうしてあっけなく吹き飛んでいくのだった。
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