次元変換

ラム

エピローグ

「楔数を素因数分解して3進数で割ってくれ! そしてそれを定数に代入して三項演算子で分岐するんだ!」

「それは出来ません」

「何故だ? 処理をカンマでCSV出力することくらい容易なはずだ、あるいはJSON、いや、H1を#feabae、font-size 16pxに指定し……」

「16000コアCPUの私には高度すぎて出来ません」

「なんだとっ! このジャンクめ!」


(この世界のデータは僅か数ZBのtxtに収まっている。それを分析さえすれば……)

(しかし目視でインプットするなど非現実的だ。だから角膜にCPUを移植しQRからのデータの抽出を試みたいというのに……!)

(くっ、寿命が……! 右冠動脈停止、左前下行枝停止、左回旋枝停止……)

(ようやく……この世界の本質は創出……叡智を出力することだと……分かったというのにっ……! マキ……)


 男の命は尽きた。

 彼は世界の救世主と呼ぶに値する人物だったのかもしれないし、破滅に導く悪魔だったのかもしれない。  

 こうして世界は救われることも滅びることもなく、現状を維持することになった。


 ところで彼が何者で、何をしたかったのか理解出来ただろうか?

 出来たならここでエンディングだ。

 読んでくださりありがとうございました。



 もし理解出来なかったならもう少しだけ読む価値はあるかもしれない。

 こうなったのには少し遡る必要がある。


 ──


「あー、彼女欲しい」

『鏡見て言いなさいよ』

「君の瞳というレンズを通して俺の容姿を目視することは成功している」

『相変わらずくさいというかうざいセリフね』

「その上で確率は0.00000000001%と判断した」

『高く見積もりすぎでしょ……』


 男は女性……いや、フィギュアを片手に会話をしている。

 彼はフィギュアが唯一の話し相手であった。

 無論フィギュアが話しかけてくれるはずがない。1人で喋っている。

 男は容姿に恵まれず、挙句理屈屋を通り越した偏屈な性格で女性とは縁がなかった。

 しかしフィギュアを恋愛対象に含めない程度には理性のある男。

 男は眼鏡を指で抑えて言う。


「あぁ、確かに高い、高すぎるとも。何故なら俺がこの世界の女性と交際できる確率は0%だからだ」

『じゃあさっきの残りの確率はなんだったのよ』

「決まってるだろう? 二次元から俺にベタ惚れの女の子を召喚出来る確率だ」


 男が傾倒するのはアニメ。

 二次元の美少女に惚れ込んでいる。

 彼の言うことを根暗な男の妄想だ、と思うだろう。

 事実妄想だ。

 しかし妄想ではあっても、幻想ではなかった。


『で、これが二次元の女の子を召喚出来る装置とやらなのね』

「そうだ」


 見た目は透明な箱。人が5〜6人、詰めれば10人入るような大きさ。


 男は箱に繋がった100インチはあるであろうモニターの電源を入れる。

 モニターにはセミロングの赤髪に紫色の目をした美少女が映っている。


「お兄ちゃん、とうとうこの日が来たんだね」

「あぁ、マキ。お前との邂逅を果たす日が」

「早く会いたいよ、お兄ちゃん! そしたらあの時の約束を守ってよね!」


 頬を染め、愛らしく微笑むマキ。

 フィギュア呟く話しかける


『……ねぇ、本当にボタンを押していいのね』


 男は一瞬の沈黙の後、神妙な顔で──


「あぁ……頼む。クラウ・ソウ・マキナ……」


 何やら意味ありげで何もない言葉を呟き、男がボタンを──押す。


 するとモニターが強烈に発光する。

 腕で目を庇い、光を殺そうとするも鮮烈に視界は白く染まる。


 やがて、目を開けられる頃……

 モニターには何も映っていなかった。

 代わりに視界に映るのは──


「やっと会えたね、お兄ちゃん♡」


 そこに現れたのは美少女……ではなかった。

 中央に血走った大きな目と、短くて太い触手のようなものをいくつも持つ、人を不快にさせるためにデザインされたようなグロテスクな赤いスライム。

 20cmはあろう大きな目玉がギョロリ、とこちらを向いている。


「う、うわぁああああ!!」

「お、お兄ちゃん? どうしたの?」

「げっげぇええ!! おえぇっ……」

「お兄ちゃん!?」

「はぁ、はぁ、いや、マキ、なのか……?」

「うん、マキだよ! あ、お兄ちゃん今やらしい目で見たでしょ〜?」


 そう言い目を細めてくねり、と身体を動かすスライムを見て再び吐き気に襲われる。

 二次元からの召喚でエラーが発生したのか。

 つまり失敗した──

 そう思った。

 しかしモニターを見ると紛れもなくsuccessと表示されている。


(異物と化したとはいえ二次元から三次元への実体化には成功したからsuccessと表示されているのか……? いや、だとしたら変換の過程でエラーが起きるはず……)

(そうなると二次元から三次元への変換……それに成功していることになる)

(俺の好きなゲームにサラの唄、というのがあるがそれは人が化け物に見え、化け物が人に見えるというものだ。それに近いものを感じる……いや)

(三次元から二次元を見るのと、三次元から二次元よりデコードしたものを見るのでは全く異なったビジュアルになるのでは……?)

(たとえば華やかなサイトがHTML、CSS、JSなどの無機質なコードで連られているように……)

(つまり二次元を三次元から見ると美少女として表示されるが、三次元へ実体化すると次元に合わせて実体化されこの姿になるのだ……!)


「お兄ちゃん? 考え込んで大丈夫?」

「その見た目で俺をお兄ちゃんと……! いや、二次元の中では美少女のマキのままだったな、すまない」

「もー、難しい話ばっかり」

「待っててくれマキ、お前を二次元に帰すから」


(そしてもしこれが成功すれば俺の仮説は成り立つ……)


 男はマキを箱に入れると、ボタンを押す。

 すると箱の中は空になり、モニターに赤髪の美少女が映る。


(やはり……! こうなると俺が二次元に行き、マキに会うしかない)

(だが二次元の三次元への変換は出来ても三次元の二次元への変換は難しい。データでなく質量を持つ実体だからだ)

(そうなると世界の構造を分析する必要がある……待っててくれ、マキ)


 それから男は長い時間をかけて三次元の世界を二次元へ変換する方法を模索し、研究した。


(二次元へ行くには三次元のデータを2進数で表す必要がある。それにはあらゆる数式とデータ処理を駆使せねばならない……!)

(ただ、2次元を解析することでx軸を0、y軸を1で表し、2進数で表せることは分かっている)

(そうなると我々の世界は奥行き、z軸が追加されるため3進数で表す必要がある)

(ここで閃いたのがQRだ。3次元の2次元への変換においてデータを表す時に利用出来る)

(そしてz軸さえ解明し、ARの逆を突き詰めれば奥行き0……2次元への扉が開かれる。3Dの2Dへの変換、データを持ち越せば……!)

「そうすれば俺はマキと叡智を営めるっ!」


 そうして冒頭に至るわけである。

 仮に彼の研究が上手くいけば我々は二次元の世界にいただろう。

 理想の世界で。

 理想の人物と。

 理想の人生を。

 半永久的に送る世界。

 それが叶わなかったのは幸いか、不幸か。

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次元変換 ラム @ram_25

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