第19話 爆弾には、

 騒ぎを聞きつけた巫女や見習いたちが、にわかに、境内に集まってきている。


「やばいですわっ」


 †漆黒の堕天使† ちゃんが尻尾を巻いて逃げ出した。

 何しに来たかわかんないなこれ。


「あかん、ほんま割に合わん。割に合わへんで」


 なぎ倒された木々をかき分けて、むくりと立ち上がる影がある。

 カガセオだ。


「これ以上ワイのかわいい怪異どもを消耗してたまるか。今日のところはいったん引かせてもらうで」

「逃がすわけなか!」


 弓のように体をしならせて、矢のように飛び出した燈火ちゃんが、渾身の拳を振り抜く。


 だが、空を切る。


「くっ、逃げ足のはやか怪異ったいね」


 燈火ちゃんの拳が振り抜かれるときには、既にカガセオはどこにもいなくなっていた。


「何事ですか!」


 よく響く声で怒鳴られたので、つい、ぴんと背筋が伸びた。

 俺も、燈火ちゃんも。

 なんなら燈火ちゃんの方が俺よりも過敏に反応している。


「お、おばあちゃん。え、えーと、これは」


 目をみはる速度で、なぎ倒された木々のそばに駆け寄って、身振り手振り弁明を測ろうとする燈火ちゃん。


「詳しい話を聞きましょう」

「……はい」


  ◇  ◇  ◇


 ということで、再び社務所に案内される俺たち。


「なるほど、事情はわかりました」


 燈火ちゃんだけではなく、俺まで事情聴取されることになったのか。

 その理由は、燈火ちゃんがVSカガセオ戦ではっちゃけてなぎ倒してしまった木々について、おばあちゃんに怒られると思っているからである。

 要は、俺を巻き込むことで説教を軽減しよう、っていう魂胆だ。

 燈火ちゃんのそういう小市民なところ好き。


「怪異を掛け合わせる怪異。野放しにしておくと、厄介なことになりそうですね。ところで岡元様」

「あ、俺ですか?」

「他に岡元様がこの場に?」

「いないですね。なんでしょうか」


 てっきり、燈火ちゃんの隣でお守りみたいに座ってるだけでいいものだと思ってたからろくすっぽ話聞いてなかった。


「怪異の特定を行ったという人物。その方の、詳細な怪異の特定方法はわかりますか?」


 ……核心突いてくるなぁ。


「どうしてですか?」

「後学のために、お聞きしたいと」


 どうしたものか、と頭を悩ませる。


「SNSに明るくないのでは?」


 まあ、これは燈火ちゃんを現場に放り込むための方便だったんだろうと予想しているけれど。

 自分で言った以上、深く切り込んでくることはないはず。


「何かを始めるのに遅すぎるということはございませんよ。時間はかかるかもしれませんがね……そもそも、本当にSNSとやらを使った特定ですか?」

「え? どげんこつね?」


 燈火ちゃんが驚きの声を漏らす。


(バチバチに切り込んでくるじゃん)


 燈火ちゃんに猜疑の目を向けられるのは避けたい。

 ちょっとしたすれ違い中に、怪異に襲われ死亡、なんてテンプレ御免だ。


 なあなあに済ますのは悪手。それは明確。

 問題は、どうにか言いくるめるか、それとも正直に打ち明けるか。


(めんどくさいし、正直に打ち明けるか?)


 メリットはある。

 燈火ちゃんに隠し事が無くなり、今後後腐れない関係を構築できること。

 いつ牙をむくともわからない †漆黒の堕天使† ちゃんを祓ってもらえるかもしれないこと。


 だが、デメリットもある。


(今日の感じ、 †漆黒の堕天使† ちゃんは、俺の身に危険が及ぶと本当に助けに駆けつけてくれそうなんだよな)


 恒凪が危険地帯というのもあるが、カガセオに目を付けられてしまった以上、実力者の庇護下にありたいというのが本音。

 燈火ちゃんがそばにいてくれるならそれが一番安全だが、四六時中一緒にいるわけにもいかないだろう。

 そうなると、いざというときの傭兵として †漆黒の堕天使† ちゃんは切り札になり得る。


「うーん」


 言うべきか、言わないでおくべきか。

 それが問題だ。


「燈火ちゃんにだけ相談させてもらってもいいですか?」


  ◇  ◇  ◇


「わ、わたしに相談でよかったと?」


 社務所を出て、天空寺の長い怪談を下りながら会話をする。


「うん。一番中立的な答えをくれそうだし」


 燈火ちゃんのおばあちゃんに伝えたら、メリットの部分を度外視で祓われそうだからな。

 いつか身をほろぼすとしても、自衛手段がなくなるのは受け入れがたい話ではあるのだ。


「――ということなんだけど」


 俺は燈火ちゃんに事情を説明しつつ、自分の中の考えも伝えた。

 燈火ちゃんは腕組みしてうんうん唸っている。


「難しか問題やね」


 それでも、しいて答えを出すなら、と前置きしたうえで燈火ちゃんは言葉を続ける。


「とりあえず、守ってくれとるうちは現状維持でええんとちがう? 逆に、何が不安と?」

「や。『ヘンゼルとグレーテル』ってあるじゃん? 捕まえた子供を太らせて食べようとする魔女の話」

「あれってそんな話やったっけ?」

「成長するまでは大事に育ててあげるって言われたとして、それが嬉しいかって話だよ」


 燈火ちゃんは「言いたいこともわかるっちゃね」と眉間にしわを寄せる。


「よし。わかったったい」

「びっくりしたぁ」


 唐突に、隣を歩く燈火ちゃんが元気よく声を上げる。


「要は、自衛用の爆弾がいつ爆発するかわからんからこわいいう話やろ?」

「うん」

「せやったら、話は簡単ったい」


 左の手のひらに右の拳を叩きつけて、燈火ちゃんが宣誓する。


「わたしが恒凪に天下泰平ばもたらす。そしたら爆弾を抱える必要もなか。やろ?」


 すがすがしい笑顔を浮かべる燈火ちゃん。


(か、かっけぇぇぇ)


 惚れてまうわこんなの。

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