第16話 幹部には、
迫りくる鉄塊を、燈火ちゃんの拳が穿ち貫く。
「たぁぁぁぁっ!」
不動明王様にお力添えしていただいた状態の彼女に、並大抵の怪異が敵う道理などない。
ぐしゃり、と鉄がひしゃげる音がした。
スプーンで抉るみたいに、レールもろとも押しつぶされていくモノレール。
「はわわ、すごかーっ。これ、わたしがやったと?」
燈火ちゃんを中心に、放物線上に広がる削れた大地を見て、信じられないといった様子で感嘆する燈火ちゃん。
作用が存在すれば反作用が存在するので、彼女が踏ん張った足場には特大の亀裂が扇状に広がっている。
(た、助かった……)
あと寸秒、燈火ちゃんの決断が遅かったら。
ほんの少し、モノレールの接近に気付くのが遅かったら。
そんなもしもを考えると、本当にギリギリの戦いだった、と冷や汗が落ちる。
「ありがとう燈火ちゃん。おかげで命拾いしたよ」
「こっちこそったい。もし迂闊にモノレールに乗り込んどったら、いまごろどげんこつなっとったか」
身を抱くようにして、燈火ちゃんが「考えるだけでゾッとするったい」とつぶやく。
「そうったい!
今回殴り飛ばしたのはモノレール。
この怪談は、
まだ封伐は終わっていない。
だから、弾け飛んだモノレールの残骸が転がる場所まで駆け寄った。
神の力を前に、灰塵と化して溶けていく鉄塊の中から、黒い人影が這い出てくる。
今回の事件の犯人――
『ヴっ……ア、あァ……ッ』
満身創痍で這う這うの体。
まさしく虫の息、という言葉のふさわしい怪異が、転がっている。
「燈火ちゃん?」
横を見ると、右手に作った拳を、左手で包み込んでいる燈火ちゃんの姿がある。
躊躇が透けて見えた。
なまじ、封神巫女として圧倒的な力量を誇る彼女にしてみれば、目の前の怪異が取るに足らない存在に映るはずだ。
なにせ、 †漆黒の堕天使† ちゃんも言っていたが、今回の怪異は生まれたばかりなのだ。
彼女にしてみれば、この怪異を祓うことなど、文字通り赤子の手をひねる様なものだろう。
「ちょっとちょっと。弱い者いじめとか考えないでよ?」
「わ、わかっとるったい」
クマと同じだ。
放っておけば必ず人に危害を加える。
可哀そうだなんていって見逃すのは、とびきりの悪手だ。
『た、たずげ……で……』
「……っ」
それでも、燈火ちゃんは眉間にしわを寄せている。
頭で理解できていても、感情が弱い者いじめを拒絶する。
そんな葛藤がはた目にも理解できた。
『『お願い』、じまず……』
「……そうやね」
燈火ちゃんはふっと力みを吹き消して――、
「
十三仏真言の八、観音菩薩への祈りを奏上した。
それは本来、怪異によってもたらされた現世への被害を消し去るための祈りだ。
だが、彼女の、封神巫女としての圧倒的な力量と、風前の灯火の怪異の二者間でそれが行使されれば、
『あ、アぁ……っ』
横たわる怪異の存在感が、徐々に希薄になっていく。
「ごめんち。わたしは封神巫女で、あなたは怪異ったい。見逃すわけにはいかんち。ばってん――」
燈火ちゃんが、
「ばってん、せめて最期くらいは、安らかに迎えてほしか」
◇ ◇ ◇
「――ちょい待ちやお嬢ちゃん。勝手なことされると、ワイが困りますねん」
不意に、俺たちの背後から声が響いた。
振り返る。
そこに、男が立っている。
「だ、誰やと!?」
色素の抜けた白い髪。
狐のように細い瞳。
そして何より、この軽薄な口調。
(やべぇ、そういうことかよ……)
原作アニメ『封神巫女』において、燈火ちゃんたち封神巫女は、敵対組織と苛烈な闘いを繰り広げていく。
俺の家に住み着いた †漆黒の堕天使† ちゃんも、本来はこの悪の組織に仲間入りする筋書きだった。
それは同時に、彼女の他にも、悪事を企むものがいることを意味している。
中でも一人、怪談を掛け合わせ、新種の怪異を生み出すのに執心している敵キャラがいる。
その男の名は――
「――カガセオ名乗とります。よろしゅう」
奇妙なことが目の前で起こった。
目を離したつもりはなかった。
だが、まるで目に映る景色が落丁したように、次の瞬間にはカガセオを名乗る男が目の前から消えている。
「はぁ、ほんまやってくれたなぁ。自分、怪異一体生み出すのがどんだけ大変かわかっとるん?」
「っ!?」
頭上から声がする。
空を仰げばカガセオが、鉄筋を組んだ建造物に腰かけ、無造作につかんだ
「あかんな。これはもう使い物にならんわ」
『ギッ』
ぐしゃり、と、トマトがつぶれるようにして、
「な、なんばしょったい」
燈火ちゃんの声が震えている。
「自分の仲間ば手に掛けるとは、どげん了見か言うてみぃ!」
地面を思い切り踏み抜いて、弾丸を打ち出したように、燈火ちゃんが飛び出した。
神を降ろし、身体能力を大幅に強化された燈火ちゃんは、一歩の間にカガセオとの距離をゼロにする。
だが――、
「仲間? 勘違いすんなや」
「っ!?」
――カガセオの方が、はるかに速い。
「この程度の怪異、替えの利く駒に過ぎひん」
いつのまにか燈火ちゃんの背後に回り込んでいたカガセオが、燈火ちゃんの後頭部を掴み、鉄筋に叩きつけている。
(やばいやばいやばい。カガセオとか、本来ならもっと終盤で戦う敵幹部じゃん)
いまの燈火ちゃんに敵う道理なんてない。
※カガセオは自称で天香香背男にまつわる怪談ではないです
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