第15話 猿夢には、
「廃トンネルに続く廃線」
俺は燈火ちゃんと、 †漆黒の堕天使† ちゃんが逆探知した怪談の出所へとやってきていた。
ちょっと悩んだけど、怪異である †漆黒の堕天使† ちゃんと一緒にいるよりは燈火ちゃんと一緒にいた方が安心という判断だ。
「へぇ、恒凪にもこげな場所があるんやとね」
「もともとは遊園地につながる路線だったらしいよ」
スマホで調べた知識を我が物顔で語る。
これが存外気持ちいい。
この路線が使われていたのはわずか1年半の間だけ。
半世紀ほど前はモノレールの全盛期だったのだが、さまざまな企業が参入した結果、仕事を請け負った会社の設計が甘く、ひび割れが目立ち、安全を保障できなくなったのが原因らしい。
それからずっと運行休止だったが、遊園地の方が先に廃園となり、廃線が決定した、という経緯があるとか。
「あれ?」
「どぎゃんしたと?」
「急にスマホに電波が入らなくなって……」
さっきまでは普通に使えていたのに。
ん? 待てよ?
この周辺の電波が悪いなら、怪談を流布しているやつはどうやって……。
「あぶなか!」
「おわぁっ!?」
突然、燈火ちゃんが俺に覆いかぶさるようにして飛びついてきた。
ひゅー、大胆、って話じゃないんだろうな。
燈火ちゃんがこういうことをするってことは……。
立ちあがる。
夕日が射して茜色に燃えるトンネルに、ゆらり、黒い影が揺らめいている。
『あなたの望み、叶えます』
リネンの白シャツに白ベスト。
紺色のフロックコートにトップハット。
「たはー、マジシャン気取りと?」
「ヴィクトリア時代のファッションじゃないかな」
「時代遅れったいねー。いまの元号ば何やと思っとると。……ヴィクトリア時代? なんねそれ」
「無いのか」
パラレルワールドだから存在しないのか、燈火ちゃんの辞書に載ってないだけなのか。
『まもなくモノレールが参ります。恐ろしい目に遭うモノレールでございます。ご乗車いただきますよう、『お願い』申し上げます』
さーっ、と血の気が失せた。
「やっべ! 燈火ちゃん、こっち!」
「ふぇ!? ちょ、ちょっと岡元くん!?」
廃トンネルに続く廃線を調べに来ていたので、俺たちは路線のすぐそばを歩いていた。
なんならちょうどスタンド・バイ・ミーみたいな感じで路線の上を歩いたりもしていた。
そこに、ゆうに100トンを超えるだろう鉄の塊が、背後から迫ってきていた。
モノレールだ。
「な、なして!? 廃線になったと違ったと!?」
「燈火ちゃん、これは怪異の仕業だ!」
「えぇぇっ!? こげなことまでできると!?」
まずいまずいまずい。
何がまずいって、さっき、宣告された
(恐ろしい目に遭う列車って……それもう猿夢じゃねえか! 原作と違うじゃねえか!)
乗り込むと生きたまま殺される車両に閉じ込められるっていう悪夢。
いや、猿夢ならまだマシだ。
良くはないが、目覚めるという、逃げの手段が残されているだけまだマシ。
翻って、ここは現実だ。
目覚めるっていうエスケープ手段が使えない。
「燈火ちゃん! 一刻も早く怪異を倒して!」
「わ、わかっとる……けど、怪異がどこにもおらんち!」
「え!?」
怪異ならさっきまでトンネルの付近に……いない、だと!?
と、ちょうどそのとき、俺たちの少し前方で停車中のモノレールからアナウンスが鳴り響く。
『繰り返します。ご乗車いただきますよう『お願い』します。なお、この『お願い』にご同意いただけない場合は、恐ろしい目に遭います』
「~~っ!」
バカ!
MOMOチャレンジ(
性格がねじ曲がってるにもほどがあるぞ!
「よし、燈火ちゃん、モノレールに巫女巫女グータッチだ!」
「えぇぇ!? 鉄の塊ば殴り飛ばせ言うとる!? さすがに無理とよー」
くっ、将来的にはできるんだけど、封神巫女としての自信が足りてない現状だと厳しいか。
「それよか、怪異もモノレールに乗り込んどるみたいやし、わたしらも乗り込んだ方が」
「ダメだ。あれはダメだ。乗ったら生きたまま内臓を抉られたり、スプーンで目玉を抉られたりする」
「えぇぇ!? えずかー、恒凪えずかー」
言っとくけど、恒凪の名物でも何でもないからな?
『時間です。これより出発進行いたします』
停止していたモノレールが、再度動き出す。
ただし、トンネルに向かってではない。
「あ、あれ。どげんこつなっとるとやろ。岡元くん、このモノレール、わたしら向けて方向転換しよらん?」
よく見ると、モノレールの後方で線路が分解され、前方に新しい線路が構築されることで自在なレールを作り出している。
そのレールがまっすぐ、俺たちに向かって伸びる。
『次は合い挽き~合い挽きです』
なんてアナウンスをしながら、巨大な鉄の塊が、俺たち向かって走り出してくる。
「「ひぃぃっ!?」」
俺は燈火ちゃんと二人、慌てて走り出した。
「どぎゃんしよどぎゃんしよ!」
「燈火ちゃん、やっぱりモノレールを殴り飛ばそう!」
「それは最後の手段ったい! 一つ思いついたと。すぐそこの路地ば直角に曲がるったい!」
直角? なるほど、読めたぞ。
モノレールは勢いを増しながら俺たちとの距離を詰めてきている。
つまり、慣性の力が俺たちよりも大きい。
あまりにも急な旋回を試みて、そのまま脱線させられるかもしれない。
「えいっ!」
路地を直角に曲がった後も走り続ける。
俺たちの見通しが甘く、問題なくモノレールが突っ込んでくることを危惧してだ。
そしてその選択は間違いではなかった。
「あ、あの走りは!?」
「車体が斜めっとると!?」
ハングオン。
コーナリング時に車体の重心を内側に移動させることで高い速度のまま安定して曲がる技術である。
サーキットを走るバイクや、新幹線などでもこれは用いられている。
「燈火ちゃん!」
「~~っ!」
もう手段は選んでられない。
その一点で、ようやく俺と燈火ちゃんの意見は符合した。
「
燈火ちゃんが半身を翻し、バック走しながら真言を唱える。
その間もモノレールはスピードを落とすことなく、俺たちを挽肉(轢き肉)にしようと急激に迫ってきている。
「
だが、燈火ちゃんの方が早かった。
一拍早く真言を唱え終えた燈火ちゃんの体がまばゆい光に包まれたかと思うと、次の瞬間には、神を降ろした巫女として、怪異の前に立ちはだかっていた。
「巫女巫女ー」
ぐん、ぐんと利き腕を回し、腰だめに拳を構え――、
「グーターッチ!」
迫りくるモノレールに、クロスカウンターが炸裂する。
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