2 もやもや
昨日はアイスを食べたあと部活の話になり、郁也は楽しげにほかの水泳部員たちの話をしていた。
人付き合いが苦手でぼっちがちだった郁也だが、同じスポーツをすると他人との距離が縮まりやすくなったらしく、親しい一年仲間もできたという。
その中にはうちのクラスの水泳部員、矢澤もいた。細身の郁也とは違って、ガタイのいい上背のあるタイプの部員だ。
そいつは誰とでも気軽に口をきくタイプの賑やかなクラスメイトで、席が近かったときは俺もよく喋った。
郁也は矢澤と組んでストレッチをして、色々と身体の動かし方を教わっているという……
郁也に友達が増えるのは嬉しい。悠巳ともすっかり仲良くなって、三人でゲームに興じることもある。
だけど、俺の知らないところで、俺がまだ見たことない郁也の半裸を近くで見て、しかも郁也とストレッチをしているだと……!?
おもしろくなさすぎて嫉妬心が燃え上ってしまい、昨日はちょっとだけ……いつもより郁也を攻めた。
キスをしながら夏服のシャツのボタンをひとつひとつ外し、郁也の反応を窺う。
いつものように真っ赤になりつつ「……だ、だめだって、うちで、そんな……!」と照れまくっていたけれど、郁也が本気で嫌がっていないことはすぐにわかった。
シャツの前をはだけ、首筋に唇を押しつけた。
柔らかく、とくとくと脈打つ郁也の白い肌はいい匂いがして、少しだけ汗の味がした。
ソファの背もたれに身を預けた郁也と指を絡め、首筋から鎖骨へと唇を滑らせると、郁也は「ぅ、あ……」と甘く掠れた声を出す。
ぎゅっと目を閉じて恥じらいつつも、抗えずに漏れたらしいその声がエロくてエロくてたまらない気分になり——……俺はそれ以上、郁也に触れるのをやめておいたのだった。
……といった昨日の出来事を思い出し、俺は思わずため息をついた。
「澄斗、どうしたの?」
「……いや、なんでもない。あ、あのさ。こんなこと言うとうぜーって思われるかもなんだけど……」
「なに?」
首を傾げて俺を見上げる郁也、めちゃくちゃ可愛いくて顔がにやける。
郁也自身は自分の顔を地味だとか平凡だとか言うけど、俺はそうは思わない。
馬鹿笑いや派手なリアクションをしないからおとなしそうに見えるけれど、目鼻立ちは綺麗に整っている。控えめな二重まぶたを縁取るまつ毛は長くて可愛い。
普段は伏せ目がちな郁也が俺を見上げて、優しく微笑む瞬間がすごく好きだ。本当はこの笑顔さえ独り占めしてしまいたいけど……郁也の人間関係を邪魔するのは嫌だから、ぐっと我慢だ。
だけど……
(他の男に裸を見られるなーとかなんとか、そんなこと言われても困るよな……。うーん……でも、言いたい。言いたすぎる。でも、嫌われんのいやだし……部活だし着替えとか普通にするんだからしょーがねーし……)
付き合ってる俺だって郁也の裸見たことないのに!! と心の中で駄々っ子のごとくのたうち回っている自分をなんとか宥める。
腕組みをして、唸る。どうすりゃいいんだ俺は。せめて郁也が水泳部じゃなくて陸上部とか、サッカー部とか、服を着てやるスポーツなら、こんなに悶々したりはしないのだろうが……
「澄斗、澄斗」
「っ……ん? なに?」
郁也につつかれ、身を屈める。
すると郁也は俺にそっと顔を寄せて、小さな声で囁いた。
「あ、あのさ……気にしなくて大丈夫だよ? えーと、その……ストレッチのときはジャージだし、着替えも別に、大っぴらに裸になったりするわけじゃないし」
「あ、お、おう……。って俺、考えてること口に出てた?」
「いや、そうじゃないけど。昨日……あの……い、いろいろしながら、他のやつに見せたくないって言ってたから……」
「お、俺そんなこと言ってた!?」
正直引く、自分に引く。
無意識にそんなことをブツブツ言いながら郁也にあれこれしていたのかと思うと恥ずかしくて、ランニング後にクールダウンしたはずの顔が一気に熱くなった。
「……ごめん。部活だししょうがないのはわかってんだ。でも、でもさ……」
「いや、全然いいんだ! 気をつける? って言うとなんかへんだけど、その、澄斗が気にするようなことはないから、安心してほしいというか」
「そ、そっか。うん……わかってるんだけど」
言葉に窮して後頭部の髪をぐしゃりと乱す。すると郁也は俺に劣らず真っ赤な顔になり、さらに小さな声でひそひそと囁いた。
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