番外編 澄斗視点

1 恋の力はすごいらしい

 部活で外周を終えたあとは、体育館と校舎をつなぐ渡り廊下のしたで涼む。


 喉を鳴らしてスポドリを飲んでいると、御子柴悠巳が俺の隣に崩れるようにへたりこんだ。


「はぁ~~~……はぁ~~~……なんで、おいてくねん……おま……さいきんはりきりすぎ、ちゃう…………」

「え? なんて?」

「ごほっ、ゲェッホ…………足速すぎやろていうてんねん…………俊足が売りのこの俺が……たちうちできひんとは……」

 

 汗だくでぐったりしている悠巳の頭を冷やしてやりながら、よく冷えたスポドリを手渡す。

 悠巳はむしりとるように俺の手からスポドリを奪い、ぐびぐびぐび~~~と一気に飲み干した。


「ぶはっ……。はぁ…………うまっ……生き返るわ……」

「そんなになるまでガッツリ走り込むなよ。ペース考えてやんないと、あとがつらくなるだろーが」

「わかってるて。あのな、俺らこれまでいっつも一緒に走っとったやん? 俺のぺースメーカーはおまえやねん。でもおまえ、ここ最近めちゃくちゃペース上げてくるやん? んで俺、このザマやん?」

「いや知らねーって。自分でペース配分しろよ」

「ま……、せやな。そーするわ」


 悠巳は汗だくのTシャツを脱いで上半身裸になると、渡り廊下沿いに並べておいてあるスポーツバッグのひとつから自分の荷物を取り、新しいプラシャツを引っ張り出す。部室は基本的に二、三年生が使うため、俺たち一年は荷物はだいたいそのへんに放置だ。


 外周から帰ってきた順に休憩に入ることになっているのだが、今ここにいるのは俺と悠巳だけ。

 そのうち、汗だくになった一年仲間が順に帰ってくるだろう。


「それにしても、澄斗、最近めちゃくちゃ調子ええなぁ」

「そうかぁ?」

「一年で試合まともに出たんおまえだけやし。全国終わったあともギア入りまくりって感じやんか」

「んー、そうだなぁ」

 

 残念ながら、全国大会は二回戦で敗退してしまった。


 だが、夏休みはまだまだ長い。肩を落とす先輩たちを励ましながら、今は秋の試合に向かってふたたび練習に精を出す日々だ。


 試合に出してもらえた。チームの得点に貢献できた達成感はある。


 この手で打ち込んだボールが相手のブロックを弾き飛ばしたとき。誰もいないコートの一点を打ち抜けたとき。えもいわれぬほどの快感を得て、いっそうバレーボールが楽しく感じているのは事実だ。


 だがそれ以上に——……


「あ、澄斗、いた」

「……え? 郁也!?」


 渡り廊下の扉から顔を出したのは、スポーツバッグを肩に掛けた朝霞郁也だ。


 ランニングの疲労もなんのその。俺は即座に立ち上がって郁也のほうへ駆けていく。


 俺の調子がいい一番の理由。

 それは、郁也と付き合えたこと。おかげで俺のアドレナリンは溢れっぱなしだ。


 練習はハードだが疲れなんかほとんど感じないし、頭も冴え渡って夏休みの課題も余裕。

 今もたまにじいちゃんの喫茶店へバイトに行くのだが、全ての作業の手際が良くなりすぎて驚かれた。


 おっとりした老紳士のじいちゃんが珍しく目を丸くして、『澄斗、なんだか一皮剥けたみたいだね。いい顔をしているよ』と言い、分厚いステーキをご馳走してくれた。


 郁也といられるようになってからこっち、あまりにも調子が良い。それを自覚しているし、周りから見ても俺の変化は明らからしい。

 

「なになに、どうしたのこんなとこで。これから部活?」 

「うん。……あのこれ、昨日借りてたタオル。部活で使うかもだし早めに返そうと思って」

 

 ごそごそとスポーツバッグから郁也が取り出したのは、俺のタオルだ。

 

 昨日は、部活終わりに帰り道が一緒になった。

 無事退院した郁也のおばさんがその日は留守だというので、家に上がらせてもらったのだ。


 そのとき郁也は、ソファに座っていた俺に棒アイスを手渡してくれた。


 すぐに食べればいいようなものなのに、俺はひさしぶりに郁也の家でふたりきりになれたことが嬉しくて、ソファの隣に腰掛けた郁也をたまらず抱き寄せた。


 すると、ソファにぽろりとアイスの半分ほどが落ちてしまい、慌ててこのタオルで拭いたのだ。

 

「こんなのいつでも良かったのに! でもサンキュ、顔が見れて嬉しいよ」

「こっ、こんなとこでそういうこと言うなって!!」


 郁也が真っ赤になってあたりを窺う。

 頬を赤らめてきょろきょろしている郁也が可愛くて、思わず顔が緩んでしまう。

 

(……しっかし、これから水着になるのかぁ……)


 郁也は水泳部でマネージャーをやっていたけれど、この夏からふたたび選手として練習するようになった。

 体育は苦手だがもともと泳ぐのだけは好きだったらしく、競泳の練習は楽しいらしい。


 ただ問題なのは、水着になるということだ。


 俺でさえまだ郁也の裸を——……郁也の肌をほとんど拝んだことがないというのに、水泳部員どもは郁也の半裸を見放題。それがちょっと……いや、かなり我慢がならない。


 郁也ともっとイチャイチャしたいけど、あんまりがっついて郁也を怖がらせたくはない。

 だから必死で我慢して、軽いキスだけに留めている。

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