3 恋も、友情も

「僕なんかの身体でよければ、澄斗はいくらでも見ていいんだから、さ」

「……え? え?」

「……だからその……ええと…………って、何を言ってるんだ僕は!!? じゃ、じゃあ行くから!! 部活頑張って!!」

「うん……。郁也も頑張れよ」

 

 ダッシュでプールのほうへ駆けていく郁也の背中があっという間に豆粒になった。


 その後ろ姿を見送りながら——……俺は、さっきの郁也の言葉を反芻する。


(いくらでも見ていいんだから? ……いくらでも見ていい……? 郁也の身体を? 俺が……?)


 もわもわと浮かんだ妄想の中、ズボンはなしで靴下だけになり、白いシャツをはだけて頬を赤らめる郁也の姿がぽわんと浮かぶ。 


 ぐっと熱いものが腹の底から突き上げてくるような感覚で声を上げそうになってしまった俺は、咄嗟に片手で口を覆った。


「っ……いやいや……いやいやいやいや……いいのか? いいのかそんなことしても? いやいやいや……まだダメだろ……?」

「……みと、澄斗?」

「いやいや、でも、郁也がいいって言うんなら俺は…………」

「澄斗ー! おーい、もうみんな戻ってきてんで~!」

「……はっ」


 ハッとして横を見ると、悠巳が大きな目を丸くして俺をじーっと見つめている。

 

「なあ、郁也くんとおまえってさ、付き合うてること俺に隠す気ないやろ」

「え!? い、いやそんなことねーけど……って俺、おまえに言った!?」

「アホか。言われてへんけどわかるやろ。バレバレや」

「え、うそ」

「いうて、他の奴らは気づいてへんと思うで。俺はほれ、おまえらと三人で遊んでるからいやおうなしに分かってまうねん」

「……え、あー……ごめん」


 悠巳は腕組みをして、笑いたいような呆れているような顔で俺を見上げている。 


 こういうとき、どういう反応をすればいいのかわからず固まっていると、悠巳はニッと笑ってバシバシ俺の背中を叩いてきた。


「なんで謝んねん。ええやん、ふたりが幸せならそれで」

「で、でもさ……引いたりしてねーの?」

「いやいや、わりと最初のほうからわかってたし。おまえが郁也くんに無我夢中でアピってんのわかってたし」

「えー……? まじ?」

「なるほど、おまえそっちなんやーってわかって、色々腑に落ちるとこもあったしなぁ」


 冴島のことだろう。いや、冴島だけじゃなかった。

 胸を押しつけてみたり太ももや肌をわざとらしく見せつけてきたり、女の武器を使って俺に近づこうとする女子たちの魂胆はわかりやすい。そういう生々しいアプローチが本当に嫌で嫌でたまらなかった。


 そういえば悠巳は、さりげなく俺と女子たちの間に割って入ってくれていた。


 そうか。悠巳は俺の表情を見て、あえておちゃらけた態度で女子たちを俺から遠ざけていたのか……?


 それに悠巳は、LINEにあの女との写真が出回ったあと、わざわざ俺に謝ってきた。


「ごめんな! 俺めんどくてクラスLINEいっこも見てへんねん! ちゃんと見てたら、すぐ澄斗の親やでって言えたんやけど……」といって。


 気にしなくていいのに、顔の前で合掌までして……


「悠巳、おまえ……めっちゃくちゃいいやつだな」

「え? なんや改まって? ま、郁也くんのことは誰にも言わへんから安心し」

「……うん。ありがと」

「にしても、ええなぁ。俺も恋したなるわぁ」

「おまえはいねーの? 好きな子」

「んー、今はいいひんなぁ。俺、おもろい子が好きやねん」

「おもろい子、かぁ。うちの学校じゃあんまピンとこねーな」

「せやろ~?」


 女性お笑い芸人の誰それが好きで——と語る悠巳の横顔を、なんとなく新鮮な思いで俺は見つめた。


 友情は大事だ。だが、ここまで友人に感謝の念を抱いたことはないかもしれない。

  

 そのとき、副キャプテンの張りのある声で「おい、なにやってんだー! 練習始めるぞ!!」と呼びかけられる。

 


 俺たちは顔を見合わせ、慌てて体育館へ駆け込んだ。






 おしまい♡

 





番外編はあとひとつアップする予定です。

そちらもぜひご覧くださいませ~!


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