最終章《中村ショウタロウ》

《中村ショウタロウ》①

 あの日はちょうど仕事が遅くなって、八時過ぎに会社を出たんです。バリバリ働いてる人からしたら全然普通だよって思われるかもしれませんが、私はいつも定時退社が基本なんです。なのにあの日に限ってこれですよ。予定があったのに。……あ、デートとかじゃないですよ。彼氏とか出来たことないんで。推しのソシャゲの生放送が九時からあったんです。重大発表があるって言うから楽しみで。通信料制限もあるし、どうせなら大きい画面で見たいからって急いでたんです。


 最寄り駅で降りたところで、すでに時刻は八時四〇分とかになってて、これはもう急がなきゃって走り出したんです。私の家の近くには大きな公園があって、そこを突っ切って自宅に帰るのが近道なんですが、もう二月だから寒くて真っ暗で、人気もありませんでした。普段の私なら怖いから迂回しておくかってなるんですけど、そのときは推しのことで頭がいっぱいでした。


 なので私は人気のない公園を走り出しました。駅近と言っても地方都市なので、本当に人の気配はなくて、街灯もまばらで、あちこちに茂みがあって、正直怖かったです。だからなるべく早足でさっさと通り抜けようとしてたんです。ヒールで走るのはキツかったですが、推しのほうが大事でした。


 そんな感じで手元の腕時計を見ながら必死に走ってると、後ろから突然声がかかったんです。


「落としましたよ」って。


 私、なにか落としたかな? って振り返ったら黒いジャージの男性がいて、その手にはハンカチみたいなものが握られてました。


 私が茂みの近くにいる彼の方へ歩いていくと、次の瞬間、私は腕を思い切り掴まれて、茂みの方へ引きずられようとしていました。


 怖くて、声が出ませんでした。頭が真っ白になりました。すごい力で、いくら抵抗しても振りほどけませんでした。それでも私は、バッグにキーホルダーとしてつけていた防犯ブザーを思い切り引っ張りました。それで相手が怯んだので、防犯ブザーの隣りにあった催涙スプレーを男の顔にかけました。……どちらも、実家の母が送ってくれたものです。これがなかったら、今頃どうなってたか。母には感謝しかありません。


 それから先は無我夢中で走って、そのまま最寄りの交番にたどり着きました。流石に推しがどうのとか言ってられませんでした。


 それで警察官の方にことのあらましを語って、家に着いたのは日付が変わったくらいになってしまいました。警察官の方が護送してくれましたが、その人も男性だったので、正直怖かったです。何もありませんでしたし、すごい距離を取りながら歩いてくれたんですけどね。


 それから一週間くらい経って、男が捕まりました。懲りずにまた同じようなことをしようとして、巡回していた警察官に現行犯逮捕されたとかで。これで一安心でした。……だったんですけど、まさかあんなことになるなんて。


 はい、そうなんです。私を襲おうとした犯人は、今話題の連続殺人犯の中村ショウタロウだったんですよ。


 ※


 中村ショウタロウ容疑者(二九)を殺人罪で再逮捕


 十一日夜、中村ショウタロウ容疑者(二九)を暴行未遂で現行犯逮捕したT県警は、容疑者の自宅を常習性があるとして家宅捜索した。すると容疑者の自宅からは女性の免許証が四枚発見され、その全てが現在行方不明者届が出ている女性のものだという事が判明した。容疑者は当初免許証を拾ったものだとし関係を一切否定したが、今朝未明に殺人と遺体遺棄を自供し、死体を埋めた場所を証言した。県警は現場を捜索し、三時間の捜査の末に遺体を発見、中村ショウタロウ容疑者を殺人罪で再逮捕するに至った。


 なお、今回遺体が発見されたのは約一年半前から行方不明となっていた御原ユイナさん(二四)であり、県警は他の三人の遺体の捜索も順次行っていくとしている。

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