《テケテケ》⑨

 わたしは、武田コハルは、聖マナミの家を訪れた。


 マナミの母はわたしをいたく歓迎して、わたしは彼女の部屋へ通された。


 部屋の中は、そこそこ雑然としていたが、しかし足の踏み場がないという程ではなかった。


「ごめん、散らかってて」


 マナミは言った。


「学校辞めたって、本当?」


 わたしが問うと、マナミは何の躊躇もなく頷いた。


「うん。何もかも、面倒になっちゃって」


「なんで」


「いじめられたから」


「……なんで相談してくれなかったの」


「だって、気まずかったんだもん」


 そう言って、マナミは力なく笑った。


「少なくとも、あなたに、コハルに相談するのだけはあり得なかった。……そしたらあなた、自分を責めたでしょ」


「今も責めてるよ」


 わたしがもっと勉強を頑張って、S高校に行けていれば、H高校に進学しなければ、マナミがいじめられて、高校を中退することにはならなかった。


「コハルは悪くないんだよ。悪いのは、いじめたやつ」


 そうだ、本当に悪いのは、そいつらだった。


「最初は普通の友達だったんだよ? なんだけど、どんどん嫌な感じになってきて、でもコハルに相談できなくて」


「それで、こうなった」


「うん、こうなっちゃった」


 自嘲的な笑みだった。


「……許せない」


 許せなかった。マナミをいじめて中退まで追い込んで、自分は平気で学校生活を送っている連中のことが。


「……そっか、許せないか」


「うん、わたし、許せないよ」


「……私も、許したくないよ」


 そう言うと、彼女はわんわんとわたしの胸で泣いた。


 胸が痛かった。許せるはずなどなかった。


「悔しいよ、悲しいよ、嫌だよ、なんで私は間違ってないのに引き下がらないといけないの、ねえなんで」


 とにかく彼女は、泣いた。滂沱の涙を流した。わたしも泣いてしまった。ふたりして、泣きながら抱きしめあった。


 そうして涙も枯れ果ててしばらくしてから、わたしは言った。


「……ねえ、わたし達でしか出来ない方法で、復讐しない?」


 わたし達でしか出来ない方法――言うまでもなくそれは、幽霊の力だった。


 すると彼女は、その言葉を受けて語りだしたのだ。


「実はね、……幽霊っていないんだよ。お父さんを亡くしたコハルには、言えなかったけど」


「それって、どういう」


「少なくとも、霊魂的な意味での幽霊なんてどこにもいないの。昔、電柱に花束を置いたらそこにいた霊のディテールが増えていって、子どもの姿になったって言ったじゃん。……あの話には、続きがあるんだよ」


 彼女はわたしの胸のなかで、囁くように続ける。


「私はちょっとしたいたずら心で、離れた場所で、特に幽霊もいない電柱にも同じく花束を置いたんだ。……そしたら、どうなったと思う?」


「まさか、もしかして」


「そこにも、子どもの霊が現れるようになったんだ。……気になった私は、もともと花束を置いて子どもの霊の噂が流れていた場所に、AI生成した画像を加工した遺影を置いてみたんだ。……案の定だよ。そこに現れる霊が、子どもじゃなくて、スーツのお兄さんになったんだ」


「ねえそれって」


「だから、私が見ているのは、幽霊なんかじゃないんだよ。霊魂なんかじゃないんだよ。他の何かが、私たちの頭の中を読み込んで、姿を現してるだけなんだと思う」


 わたしは絶句していた。


 けれども彼女は、さらに続ける。


「でもそれって、裏を返せば、噂をすることで本物を呼び込めるってことにならない? たとえば、私が電車で投身自殺して、下半身を失ったテケテケになって、夜の校舎を彷徨っているとか」


「……そうか」


「うん。だから頼みたいの。コハルには、学校内に噂を流してほしい。……それと、起爆剤となる、物的証拠も」


 そうしてわたし達は噂のディテールを固め、実行した。


 いじめっ子を階段から突き落とし、噂を流した。


 それでもわたしは、どこか半信半疑だったのだと思う。


 仕方ないだろう、わたしにはその幽霊もどきが見えないのだから。


 だけど、見てしまった。見てしまったのである。


 本物のテケテケを、マナミそっくりのテケテケを。


 それで怖くなって、新島心霊事務所に相談してしまったのだ。


 マナミはそんなわたしを裏切り者と謗るのかと思ったが、彼女は気にしなかった。


「いいよ。私はもう十分うれしいんだ。コハルが私のために階段から人を突き落としたり、噂を流してくれたり、陰湿な嫌がらせをしてくれただけで」


 そう言って彼女は、わたしを抱きしめた。


 テケテケは狩られ、いじめっ子たちは凄まじい恐怖を覚え、いまだに外へ出ることが出来ない。


 まさしく、ハッピーエンドだった。

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