《テケテケ》⑧

 強化札は文字通り悪霊を、怪異を、強化させる。強化された彼ら彼女らは強くなればなるほどに現実との接点を強めていき、カレンさんのような霊感がほとんどない人間にも認識できるようになる。


 そうはいっても、諸刃の剣だ。


 今回のように必要以上に相手を強化してしまい、返り討ちに合うことだってあるだろう。誰かに憑いている場合は、とても高額な護符を用意しなければならない。それでもなお、なぜこのような回りくどくリスクの高い真似をするのだろう。


 私はそれを知らなかった。


 そういうものなのだろうと、考えるのをやめていた。


 思えば、私はずっと、そうやって考えるのをやめていたのかもしれない。


 二回目の強化を経たテケテケが、依頼者――武田コハルの足を掴む。


 彼女が崩折れる。


 任務は失敗した。


 目的を遂げたテケテケは、あとはどこかへ消えてしまうだろう。


 ……消えてしまう、はずだった。


 だけど、テケテケは、そこに相変わらずいた。


「過度に強化された怪異がどうなるか、キミは知ってるかい?」


 そこに、所長が現れる。


「簡単だよ、簡単なことさ。……本当に実体化してしまうんだよ」


 彼女は、白衣の懐に手を入れて。


「実体化してしまえば、肉体を手に入れてしまえば、逃げることは叶わない」


 その、黒光りする黒鉄の塊を取り出した。


「肉体を手に入れてしまえば、物理的な攻撃手段も十分に使える」


 所長は、新島サキコはそう言うと、黒鉄の引き金を引いた。


 何度も破裂音が響き、血しぶきがあがり、硝煙とともに、テケテケは死んだ。


 ※


「これをやると死体の処理が面倒なんだ。銃を使うのも中々リスクだしね」


 私たちは、テケテケの死体を積んで車を走らせていた。


 私はすっかり歩けるようになっていたが、カレンさんと武田さんは気絶したままで、とりあえず学校に置いてきてしまった。


「……車運転できたんですね」


「ペーパーだけどね。普段はカレンくんが運転してくれるし。ユイナくんがいなくなってわざわざ免許取り出すっていい出したときはちょっと気まずかったけど、お言葉に甘えて免許は持ってないことにしたんだよ」


「そんなこと、どうでもいいですよ」


 色々と聞きたいことが山積みだった。


「ああ、この銃かい? これはね、昔母がヤクザを除霊したときに手に入れたとか言うやつだよ。曰くもなにもない、単なる殺傷兵器さ。ボクも使うのはこれがはじめてだった。もしものときのことを考えて、ずっと白衣に仕込んでたんだよ。ちなみに、カレンくんが事務所に来る前はいつもこうやって実体化させたあとに、ユイナくんとボクの二人がかりでリンチして殺してたんだ。木刀とかバッドとかスコップ使ってね」


「……そうなんですか」


 ひどく疲れていた。


 考えるのが面倒だった。


 それでも、考えるしかなかった。


「ついたよ」


 そうこうしてるうちに、車は山の中にたどり着いていた。


 真冬の山はすっかり禿げていて、生命を感じるものはなにもない。所長はテケテケを収納したバッグを背負いながら、ボロボロになった紅葉を踏みしめて前を進む。私も所長も、その手に大きなスコップを握っていた。


「安心したまえ。ここは私有地だ。ボクの土地なんだよ」


「地主なんですか」


「そうだよ、地主さ。ボクの家は代々不動産で食っている。それでもって除霊をほとんどタダみたいな値段を受けているんだ」


「実家が太いとお得ですね」


「だろう?」


 そうしてしばらく歩くと、彼女はテケテケの死体入りバッグを地面に捨てた。


「ここがいいね。ここにしよう」


 そうして私と所長はスコップで深々と穴を掘り、そこにテケテケの死体を埋葬した。


 カレンさんから鬼電が来ていたが、無視した。


 もうすでに、空が白み始めていた。


 私は、ずっと気になっていたことをやっと問うた。


「……ねえ、こいつらって、怪異って、何なんですか」


 流石の私でも、おかしいと気づく。


 こんなふうに怪異に肉体を与えられるなら、それは実質的な死者蘇生ではないのか。


 死者が蘇るなど、流石にありえないのではないのか。


 死者の怨念が形を持って、最終的に肉体を持つなど、ありえないのではないのか。


「……もしかして、幽霊って、いないんですか」


「よく気づいたね、アンナくん」


 私の言葉に、所長は泥まみれの顔で笑顔を浮かべた。


「そうだよ、……少なくとも霊魂という意味での幽霊は、存在しないよ」

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