《赤い赤ん坊》②

「ま、長くなったけれど今回の依頼はそんなところだね。神隠しといえば神隠しだけれど、依頼者が言ったように単なる失踪の可能性も濃厚だ。大人が一ヶ月いなくなったくらいじゃ、世間は大して対応してくれないのはアンナちゃんもご存知のことだと思うけどね」


 新島心霊事務所の応接間。


 ことのあらましを語って、新島所長はそう言った。


「映像の方も検分させてもらったけれど、それらしいものは映ってなかったね。まあ霊感がない人が使うとそんなもんだけど。でもってこれが行方不明になってるキョウちゃんこと榊原キョウジ。見ての通り、ぱっとしない顔だ。髪は染めてるくせに眉は整えてないし、これで女を堕ろしまくりとかはまあ無さそうだね」


「そのなりで人の外見をどうこう言えるんですか」


「言うて美人だろボク」


「外見に頓着してないって話です」


 新島所長は相変わらず白衣姿だったし、ボクっ子だった。アラサーなのに。二九歳なのに。この格好で依頼者にも応対したのだろうか。


「ついでに言うと理系みたいだし、間違いなくモテないだろうね」


「だから人のこと言えないでしょう」


「いやボク文系だし。ていうか大学行ってないし」


「……そうですか」


 もう突っ込むのはやめることにした。


「所長的にはどうなんです、今回の案件」


「まあ、半々くらい? とりあえず現地を見てみなきゃ分かんないよ」


「もし心霊案件だったとして、私みたいに霊感があったせいで魅入られた感じなんでしょうか」


「それも含めて色々調べなきゃ分かんないよ。とりあえず今夜行こうか。時間を合わせて、午前一時。割と近所だしね。カレンくん、これ頼むよ」


 所長はそう言うとメモを旭さんに渡して、彼女はすごく嫌そうな顔をした。


「……えー、これわたしの仕事なんですか?」


「仕事だよ、頑張れ。アンナくんはまあ、仮眠を取るなり勉強するなりしたまえ。ボクは映像の方をもう一度漁ってみるよ」


「見てみたいです。霊感は私のほうがあるわけですし」


「ずいぶんやる気があるね。もし神隠しだったとしても、ユイナくんの失踪とはたぶん関係ないよ?」


「……それでも、です」


 そういうわけで、私は所長とふたりきりで依頼者が持ってきた映像を見ることになった。


 ※


 結論から言えば、映像には何も映ってなかった。先程所長が言っていたように、心霊のたぐいが映る条件は、撮影者が霊感を持っているか否かだと言う。依頼者には霊感がなく、それ故に映像にそれらしいものが映らなかった、そういうことだ(あの現場に本当に霊のたぐいがいなかった可能性もあるが)。


 私が幽霊を実体化させる札だって同じ原理だし、逆に旭さんの短刀――自殺者が多発した駅の線路のレールを鋳溶かしたらしい――は、ヤバすぎて抜き身で使用するには霊感ゼロの彼女でないといけないという。


 何にせよ、現場にいかなければ何も進まない。そういうわけで私たちは旭さんの運転で現地に向かった。


「うわあ、ボロいな。ザ・廃墟って感じだね」


 大きなリュックを背負った所長が目を輝かせながら言う。彼女の濁った目に映るのは、苔や蔦まみれの二階建ての医院だった。名前を主張するはずの看板さえ蔦まみれで、産婦人科であることしか分からない。


「アンナくん、なにか感じる?」


「……いませんね」


 メガネを外してみるが、それらしい気配は感じられなかった。


「とりあえず、裏庭に回るか。用意は出来てるだろ、カレンくん?」


 頷いた旭さんを先頭にして私たちは敷地へ侵入する。月もない夜、ハンドライトだけが光源だ。


 そうして裏手に回ると、そこには情報とは違う情景が広がっていた。


「雑草が、刈られてる?」


「カレンくんにやってもらいました」


「めっちゃダルかったです。わたし除霊師なのに」


「まあまあ、夏じゃないだけマシだろ?」


 映像の中では雑草だらけだった裏庭だったが、きれいに刈り取られていて、片隅に積み上がっている。そうしてしまえば何の変哲もない空き地に、榊原キョウジが触れたという慰霊碑だけがぽつんと立っていた。


 道端にある道祖神程度の大きさの慰霊碑は情報のとおり苔むしていて、何が書かれてるかは全く読み取れなかった。


「ここにも何も感じられないね。アンナくんはどうだい?」


「感じられませんね」


 単なる空き地にしか見えなかった。


「えー、じゃあもしかして本当にいないんですか? 草刈り損じゃないですか。十月って言ってもけっこう暑かったんですけどわたし」


「給料出てるんだからいいだろ。……仕方ない、てやあああああっ!」


 所長が、それに飛び蹴りを放った。


「ちょっ、何やってるんですか!?」


 私は思わず、叫んでいた。


「何って、怒らせて出てきてもらおうと思って。これが結局一番手っ取り早いよね」


「いやいや、それにしたって順序ってやつがあるでしょう!?」


「そんなことより、見える?」


「……いや、何も」


「ふぅむ。となると、精神を病んだ男が噂に乗せられて幻聴と幻覚を見ただけなのかな」


 言いながらもリュックを漁る所長が取り出したのは、赤ん坊を模した人形だった。けっこう写実的にデザインされた四〇㎝大のそれに、ぎょっとする。


「これならどうかな」


 こともなげに、人形の首をハサミでちょん切った。


「うわあ」


「ふむ、来ないね」


「けっこう高かったのになあ」


「まあ必要経費さ。じゃあ、今度はこっちかな」


 今度は風船を膨らませ始める。そしてお腹に入れると、ハサミで一突きした。


「これも駄目か」


 パンと乾いた音が響いただけで、何も現れなかった。


「赤ん坊殺しても妊婦の腹を潰しても駄目か」


「そんな子ども騙しじゃ駄目なんじゃないですか」


「まあでも、相手は子ども以下の知能なわけだし」


 所長は人形の頭を拾って慰霊碑に投げつけたが、やはり反応はなくて。


「……この先の林も見てみよっか」


 そういう話になった。


「やだなあ、虫とかいそうだし」


「キミ、虫とか駄目なんだ。可愛いね、まるで女子中学生だよ」


「女子中学生です」


女子中学生をこの時間に働かせたらお縄だった。


「安心しなって、こないだの人間ムカデよりキモいやつはいないから」


 勝手に一人でずんずん進む所長を追って、旭さんに手を引かれ、私は林に向かう。


 ごく普通の林だった。本当にごく普通の、特に何があるわけでもない林。


 その、はずだった。


「……何、これ」


 それは虚空に空いた、穴だった。

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