第二章《赤い赤ん坊》

《赤い赤ん坊》①

 姉――御原ユイナはかつてこう言ったという。


『小さい頃は全然霊とか見えなかったんだけど、一五歳になった誕生日にいきなり見えるようになったんだ。だから、もしかしたらアンナもそうなるかも。ほら、顔もそっくりで私みたいな美少女でしょ?』


 最後の一言は余計だったが、何にせよ姉の一言で私は救われたということで。


 さらに言えば、姉が家に結界を張ってなかったら、今ごろ私は命がなかったかもしれなくて。


 もっと言えば、両親がいない我が家の家計を養ったのは、姉がこうして除霊師として働いていたからで。


 色んな意味で、姉のおかげで今の私がいるわけで。


「アンナちゃーんっ!」


 十月も半ば以上過ぎて、だいぶ過ごしやすくなった穏やかな日差しを浴びながら、一日の授業を終えて校門から校外へ出ると、旭さんが黒い高級車の前で突っ立って手を振りながら待っていた。


中学校の真ん前、一八〇㎝近い身長を包む黒いスーツ姿に、サングラスを外して人懐っこい笑みを浮かべる金髪の彼女はゴールデンレトリバーと言えなくもなかったが、一般的には不審者だった。


「……何の用ですか、旭さん」


 一般的に考えて中学校の前にいてはいけない相手に視線をぶつける。私と同じワインレッドの制服に身を包んだ生徒たちが、やはり露骨に怪訝そうな視線を旭さんにぶつけていた。


「カレンでいいよ」


「用事があるならラインで連絡してくださいよ、旭さん。待ってなくていいですから」


「まあそう言わないでよ、アンナちゃん。今回は内容が内容でさあ、つい飛び出してきちゃって」


「はあ」


 今まで何度か仕事をこなしていたが、こうして学校の前に彼女がやってきたのは初めてのことだった。そこまでしないといけない案件とは一体何なのか。


「……神隠しが起きたらしいんだよ」


『連中の中には、人を年単位で行方不明にするような奴らもいるんだよ。神隠しってやつだね。そんな可能性に、賭けてみないかい?』


 私はすぐに車に乗り込んだ。


 ※


 オカルト好きの間では結構有名な場所なんですけど、県境にある、R産婦人科病院。厳密には元、ですけどね。要するに、廃病院です。そこに出るらしいんですよ。


 その廃産婦人科病院はですね、堕胎手術で有名な病院だったらしいんです。書類をでっち上げて母体保護法で定められてるより大きくなってる子どもを堕ろしてたとかなんとか。まあこれは眉唾というか尾ひれがついただけな気もしますけど。そんなところで流れる噂って言ったら、ひとつしかないわけじゃないですか。……そこには、巨大な赤い赤ん坊の悪霊が出るらしいって噂があったんです。要するに、堕ろされた赤ん坊たちの霊魂が集まって、ひとつになってるみたいな話ですね。流石にちょっと盛り過ぎな気もしますが。


 で、話は少し変わるんですけど、俺たちはユーチューバーをやってるんです。普段は馬鹿みたいな検証動画を上げてるんですけど、最近マンネリ気味で、再生数も登録者数も伸び悩んでたんで、ここは最近ブームの心霊系をやってみないかって話にキョウちゃんとなったんです。キョウちゃんとは同じ大学のゼミで、いっちょ広告収入で食ってこうぜみたいな話になって始めたんですけど。収益化? こないだやっと出来たんですけど、子どもの小遣いよりちょいマシくらいですよ。……話が逸れましたね。別にふたりとも霊感があるとかじゃないんですけど、近所だし行ってみようって話になって。


 それで、ちょうど零時を過ぎたあたりで、撮影を開始したんです。廃病院ですから、雰囲気たっぷりでした。怖かったですよ。なんか手術道具? とか診察用具? みたいなやつがそのまま放置されていて、単純に暗いのとボロいのも相まって、怖かったです。でも、幽霊らしいものは全然見えなくて。撮影開始から小一時間も経った頃には、まあこんなもんだよなあ、なんてキョウちゃんといっしょに言い合いながら歩いてました。大きい病院じゃなくて、普通に歩いたら一〇分もかからないと思うんですけど、小芝居というかリアクションとかをしながら歩いてたらそれくらいかかったんです。


 それで、病院の中を歩き回ったあとに、本題の裏庭に行ったんですよ。噂によると、ここには堕ろされた子どものための慰霊碑? みたいなものがあって、赤ん坊の泣き声が聞こえるとか、さっき言った赤い赤ん坊が出るとか噂されてるんですね。裏庭は当然ですが膝くらいまである雑草が生え放題で、その背後には林が広がってまして、慰霊碑なんてどこにあるんだかって感じでした。でも撮れ高もないし、頑張って慰霊碑を見つけようって話になって。でもまあ、雑草だらけでおまけに月もない夜でしたから、全然見つからないわけですよ。そうして探しはじめて三〇分くらい経ったときに、キョウちゃんのやつが言い出したんです。なにか聞こえないかって。俺は全然なにも聞こえなかったんですけど、嘘だ絶対なにか聞こえるの一点張りで。で、ついにはこんなことを言い出したんです。


 これ、赤ん坊の泣き声だって。


 俺のことを担いでるって感じじゃないんですよ。ていうかキョウちゃんはツッコミタイプっていうかお調子者の俺を止めるブレーキタイプと言うか、とにかくこういう冗談は言わない方なんです。ていうか、キョウちゃんの顔は真っ青も真っ青で、冗談には全く見えなかった。聞こえる、聞こえるんだ。そんなことをブツブツいいながら、なのに逃げようとは言い出さないんです。どころか雑草を漁るのをやめないで、俺が呆気にとられてるなかで、ついには見つけちゃったんですよ。


 ……ええ、慰霊碑をです。苔むしていて、背も低いしで、言われないとそうと分からない惨状だったんですけど、とにかく、それらしい石を見つけたんです。ここから声が聞こえたんだってキョウちゃんは言って、それに躊躇なく触れたんですよ。結構汚かったのに。そしたら、キョウちゃんがいきなり悲鳴を上げて、地べたに腰を抜かしたんです。で、すごい怯えた顔で、やめろとか、こっちに来るなとか言いながら後退りして、そのまま立ち上がって、急に林に向かって駆け出して。俺は少し呆気にとられたあとに、すぐに追いかけたんですけど、いくら探しても見当たらなくて。翌日になってもう一度探したんですけど、やっぱり見つからなくて、はい。……それが一ヶ月前のことで、それ以降、キョウちゃんは行方知れずのままです。


 林自体は明るい時間に見てみたら大した規模じゃなくて、そのへんの公園と変わらないくらいの広さで、キョウちゃんがこないだ留年したこともあって、警察も事件性なしって言ってて。……俺も、事件性なんてないと思うんですよ。ただ俺との関係も面倒になって、一芝居打ってから別れたかったんじゃないかなんて。それにですよ? 俺達ふたりとも童貞なんです。全然モテなくて、彼女だっていたことなくて、有名になったらモテるんじゃないかとか、いつか広告収入で風俗行って脱童しようとか言い合ってたんですよ。少なくとも俺は童貞ですし、キョウちゃんだってきっと。


 ……少なくとも、女性を堕胎させたことがあったら、こんなところ絶対来ませんよ。だから、心霊的なものでもないと思うんです。撮影してた映像にだっておかしな点は本当に何もなかったですし。でも、それでも、一ヶ月経っちゃって、親御さんのところにも全然連絡とか来てないらしくて。だから相談してみたんです。まあ、一応と言いますか。近所を歩いてたら偶然見かけただけというか。キョウちゃんは留年のせいで心を病んで、それで幻聴が聞こえてああなったとか、きっとそんなオチですよ。で、今頃どっかで静養してるけれど、留年のこともあって気まずくて親に連絡できてないみたいな、きっとそういうつまらないオチに決まってるんです。所長さんもそう思いますよね? ねえ? でしょう? 留年が決まったのが今年の三月で、もう半年以上経ってようと、そうに決まってますよね?


 ……だから、お願いします。あの廃病院には、なにもないって証明してください。それが、今回の依頼です。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る