「イタズラ」の結末

――反物質路制御室


「うっ……くぅ……」

肩に鈍い痛み。よろめきながら僕は起き上がる。

「一体なにが……」

あたりを見回す。

……制御室の半分が吹き飛んでいた。

「……っ!」

数十人は居たはずの科学者仲間はすでにいないか、一目見て絶命していることがわかるような惨状。

思わずこみ上げる嘔吐感を抑え込みながら、だれか生存者がいないか探す。


「だれか、生存者はいるか……」

ひっくり返ったデスクから声がする。


「ここにいます!すぐ助けます!」

その辺に散乱しているパイプを梃子てこにしてパイプに全体重をかける。

デスクがずれるとそこには『教授』がいた。



「『教授!!』大丈夫!?」

「左半身の感覚がない、な……」

教授の言葉に目線を下すと、教授の脇腹にパイプが突き刺さっていた。


「ひどい……早く脱出しないと!」

今の状況は最悪だが、いまぼくたちが生きているということはまだこの暴走を止めることはできる。

「んなこたどうでもいい、それよりもだ、少年」

息も絶え絶えになってきた教授が続ける。

そんなことって……そうか、このひとは自分の命も含めて、目的以外に執着していないんだ……。

そうか、『教授』はそういう人か。


「ブラックホールエンジンと反物質路のデータは取れてるか?爆発しても私たちが生きてるってことは安全装置はちゃんと機能したってことだな?」

そうだ。反物質路には幾重もの安全装置が取り付けられている。

多分、いまぼくたちが生きているのは燃料フロー遮断装置が正常に作動したからだ。そでなければ僕たちの意識はもうなく、北米の半分は今頃ここを中心にえぐられてえらいことになっていただろう。


「多分爆発の原因は対消滅タービンだと思う。対消滅タービンの耐久上限にはまだ余裕があったはずだから――共鳴現象、かも」

対消滅タービンのコアになるダークマター結晶。反物質路には理想的な触媒だけど、一つだけ欠点がある。

それは安全領域が非常に狭いこと。エネルギー密度が一定域を超えると共鳴現象を起こしてエネルギーの一括開放を行ってしまう。


「『少年』、出力推移と共鳴閾値のデータは取れてるか?」

「ちょっとまって……あったよ」

「でかした……!……うん……うん……多分これだ」

『教授』は出力推移と共鳴閾値のデータの『異常値』をマークしたデータを返してくる。

そこには1000に急上昇させる直前に少しの跳ねと、ゆっくり出力上昇させていた時の出力1499での大幅閾値超過。


「これは……」

「私たちは初心者殺しにあったようだな。冷凍をゆっくりしてはいけないのと同じようなものだな。……だがまだチャンスはある」

「チャンス?」

「予備回路を使えば、もう一度だけなら回せるだろう?反物質炉。ブラックホールエンジンから燃料を供給したら1699までいけるんじゃないか?」

そう言ってにやりと笑う『教授』。


「何を言ってるのさ……そんなことをしたら今度はブラックホール路が暴走を……」

「あるんだろ……?安全装置」

僕を試すような眼をする『教授』。


……実は、ある。

僕は、この稼働実験で限界まで稼働することになると思っていた。

なので、実験の最後にあえて対消滅エンジンを暴走状態にさせて僕の考えた逆干渉波式安全装置で自爆停止させる案を出そうと思っていた。

簡単に言うと、対消滅エンジン限界ぎりぎりの出力でダークマター結晶をあえて揮発させることでブラックホール炉内に反物質のエネルギーたたき返してブラックホールのエネルギーを霧散させる方法だ。


「あれは……実験完了後にプラントから避難して、遠隔装置で作動させる前提の安全装置なんだ。でも、今は……」

あたりを見回す。遠隔操作装置関係は見なくても作動は無理。かろうじて安全装置と出力関係装置が稼働できるくらいだろう。

「ここで稼働はできるか?データの外部送信は?」

「それはどっちもできるけど……あれもプラント全体を『消す』程度のエネルギーは漏れるんだ」

「それは、すごいな……」

「そう、だから」

もう逃げないと、と続けようとし、『教授』がそれを遮る。


「俺がここで出力を上げて、1699まで行ったら安全装置を押せば完璧ってことじゃないか。最高だぞ『少年』」

「『教授』何を言ってるんだよ。そんなことをしたら」

「どの道この傷じゃ私はプラントから脱出できる可能性は低い。なら確実な成果のほうを求める。『少年』君にとってもそのほうがメリットがあるだろう?」


「でも……」

それは『教授』の命を使って観測結果を得ろってことじゃないか。

迷う僕に、『教授』は続ける。

「少年、これは単に優先順位の問題だ。私は君のためにこの提案をしているわけじゃあない。私はただ、このイタズラが成功すれば、それでいいんだよ」


「いたずら?」

「そうだ。宇宙人どもに目にもの見せてやる。一発驚かせてやるってやつだ。……人類がただ雛のように口を開けている存在じゃないと証明する。私はそのためにこの計画に参加したし、今この命をベットするんだ」

……そうか、それが教授の執着か。

「『少年』、私たちのような人間はな、わがままになりきらないと、自分も周りも不幸にする。だから迷えないし、後悔もできない。できるのは振り返ることだけだ」

「振り返る……」

原因を分析し、対策を講じ、次の動きに出る。

そうしないと僕らのような強い渇望を持っているものはずっと目的にたどり着けない。


……そう。そうだ。僕はわがままになる。


「……わかった」

「よし。じゃあもう君は脱出しろ。逆干渉波式安全装置の起動は1699到達の3分後にする」

「5分後にして、万一に備えて外部へのデータ送信時間はバッファが欲しい」

「わかった」

「もし僕が死んだときにあの世があったら、宇宙人の人たちの顔を詳細に教えてあげるよ。地獄で待っててね。あとこの騒動の責任も擦り付けるからよろしく」

「はっはっはっは。そうこなくっちゃ!……じゃあ、もう行きな。そして宇宙人どもにデータをたたきつけてやるんだ」

「うん」


僕は端末を持って急いで制御室から脱出する。

振り向くと教授はものすごくいい笑顔をしていた。

完全に狂人のそれだ。

僕もいずれああなるのだろう。










☆彡










崩壊するプラントの合間を縫って、僕は息を荒げながら走る。

瓦礫の山の上を跳ね、煙の中をかき分け、端末に流れ込むデータを確認する。


出力値は1499を突破、さらに上昇を続け――理論出力上限の1699に到達。


施設の外に近づくにつれ、外部とのデータ通信が回復し、外部送信も完了。

残り時間を見ると3分弱。まだ間に合う。

崩れかけた配管からは火花が散り、空気は鉄と焦げの匂いで満ちている。

目指す出口は、一本道の外部通路。そこを抜ければ駐車場。

自動運転車で脱出できる――そう信じた、その時。


横から閃光。

発電タービン区画が爆ぜた。

轟音とともに空気が押し寄せ、視界が真っ白になる。


「――っ!」

反射的に腕で顔を覆う。

次の瞬間、何かが僕の体を弾き飛ばした。

地面を転がり、壁に背をぶつける。


……なにが起きた?


恐る恐る目を開けると、灰色の煙の中に銀の髪が揺れていた。



「どうしたの少年。今日はずいぶんと、元気が良いじゃない」

月明かりのような照明に照らされて、エルフさんが立っていた。

破片が額に当たったのか、血が頬を伝っている。

怒るでもなく、焦るでもなく、いつものような軽いトーンでエルフさんは僕に言った。


月明かりに照らされた長い銀髪とエメラルドグリーンの瞳に目を奪われる。

破片が当たって頭が割れたのだろうか、額からだくだくと血が流れている。

え? 血!?


「エルフさん、血がっ!」

先ほどまでさんざん血を、いや血以上の悲惨な状況を見てきたはずなのに、僕の頭から血の気が引く。



「今は時間がないわ。このまま脱出でいい?」

「あ、うん。あと……3分で逆干渉波式安全装置を『教授』が作動させるから……このプラントが吸い込まれるくらいで済むと思う」

「反物質暴走は共鳴から30分後くらいのはずだけど……逆干渉波式安全装置?」

「僕が考えた停止装置。理論上は反物質ばらまくよりは安全」

「……後で聞くわ」

そういうとエルフさんは会話を打ち切り走り出す。

横顔からは表情や感情はうかがい知れない。

怒っているわけでは、なさそう。

この状況なのに、なぜ?



隣の区画に出ると、半壊した建物に宇宙船が突き刺さっている。

ハッチにはお父さんがいて、僕を見るなり叫んだ。

「……!よかった!無事だったのか……!」

泣きそうな顔。ごめーん。

「会話はあと!オーク君のところにはあと……」

エルフさんがちらりと僕を見る。

安全装置の話を、信じてくれている?

「……1分後」

「了解。1分待機の連絡をして!さあ脱出するわよ」

そう言ってそのまま僕はエルフさんに抱きしめられたまま船に乗る。

無理やり離陸したせいで、機体が軋む。

すぐに上空100メートルには達したのだろうか?

時間は……5,4,3,2,1……。


視界の外で地上が崩れ落ちていく。


反物質路が閃光を放ち、周囲の光が一瞬すべて吸い込まれた。

そして、赤く煮えたぎるマグマのような光が、地表から噴き出す。

見た目は地獄の業火の様だが、本来の惨事に比べたら残り火のようなものだ。


「……成功だ」

言葉がこぼれる。喉が焼けるほど乾いていた。


でも……。


横を見る。

お父さんの目は怒りで燃えていた。

そんなお父さんを手で制してエルフさんが問いかけてくる。


「ねえ少年。貴方、自分が何をしたのかわかっているの?」

それは確認するような声だった。

普通ならここで謝るべきなのだろう。


でも、僕はもう感情的な理由では後悔はできない。できるのは振り返ること。

「もちろん。実験は成功だよ、エルフさん。最高出力は銀河連邦最新モデルの24%増し、共鳴発生時の安全装置の稼働実験も完了」

エルフさんをまっすぐ見つめて言う。


「お前……!何を言っているんだ、何人死んだと……!」

お父さんが何を言っているのかわからないといった困惑の表情で言う。


「死者は推定64人。もちろん、全員の名前も憶えているよ」

「人が死んだんだぞ……?何も思わないのか?」

「田中」

詰め寄ろうとするお父さんをエルフさんが制止する。


エルフさんは僕に視線を移す。

思わず僕の目の奥から何かがこみあげてきて、泣きそうになるけど、我慢。

ここで泣くのたら『教授』のいうような、わがままにはなれない。

僕もエルフさんをまっすぐ見つめる。

「お姉さん、僕らは……人類はもう子供じゃないよ?」

「最初から、子ども扱いしたつもりはなかったんだけど……君以外は……でも――――素晴らしいわ。君たち人類は。それに、君も。……君は偉人になるわね」

そういうって後ろから抱きしめてくれるエルフさん。

『君は偉人になる』。その言葉に少しの違和感。でもそれはすぐにほかの感情で流された。

胸が高まり、ふわふわとした気分になってくる。

外に見える宇宙からの風景。星が近いのにそちらには思ったほどの高揚感はない。

渇望は胸の中で尽きていない。でも、新たな望みがわいてくる。


エルフさんから目が離せない。



「田中、この件は私に預からせてくれないかしら?」

「……わかりました」

「わぁいお説教回避ー」

余は万事こともなし。

「でも、この件だけです。家出の件は別です」

「まぁそれは、どうぞ?」

エルフさん?

お父さんが僕をのぞき込む。

「家出については家に着いたらきっちり説教だからな?もちろんお母さんとダブルでだ」

額に青筋が浮いている。

え、エルフさん。助けて?

「ちゃんと子供のほうの義務は果たしなさい?少年」

そんなー。










――この事件は『教授』と『大佐』が主導したものとして処理された。

アメリカの監察官は僕の引き渡しも最初は求めたそうだけど、話し合いの末に僕はただの協力者の一人、ということになったらしい。

僕は観察官事務所で銀河連邦学会向けの報告書を書くことになり、エルフさんからは質問攻めにあった。

反物質路の出力向上は僕が思っていたよりも銀河連邦内でも喫緊の課題だったらしい。


帰宅後、両親からはきっちり折檻。

お母さんは鬼の形相。結果、今僕はお尻が痛くて眠れなかった。


でも、眠れない理由はもう一つあった。

手に入れたはずなのに、手から零れ落ちてしまったような気がしたからだ。

確かに今はエルフさんの中で僕の存在は大きなものとなっただろう。

でも、それは今後僕が欲しいものとは少し違う、僕が欲しものは得られない、そんな確信がある。

星は僕の手の内に収まるだろう。でも、エルフさんは――手に入らないかもしれない。

それでも僕は前に進むしかない。あきらめない。僕はわがままになると決めたのだから。

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