欧州各国の贈呈惑星選定会議

――ベルギー王国ブリュッセル市

――エスパース・レオポルド 駐欧4ヵ国合同観察官事務所大会議場






日本の少年が天災たちを煽ったり煽られたりして北米が消滅しようとしているのと同時期、欧州は平和だった。




欧州だけが平和なわけではなく、むしろ問題児たち以外の地域はおおむね銀河連邦の配給物資の前に食料や一部嗜好品以外の経済が壊滅し、生活水準も上昇したことにより大人しくロードマップを受け入れる『いい子』になっている地域が大半だった。

それが予測されていたためか、『問題児』であるアメリカ、中国、インド、ロシア、日本などは1国1か国での保護国化だったのだが、それ以外の比較的『良い子』にあたる地域・国家はある程度ひとまとめにされた状態で保護国となっていた。


ここ欧州地域も同様。欧州連合加盟国はひとまとめでドワーフ採掘連合、コボルト体制、ニーケー教団、ピクシー盟約の4か国共同統治とされていた。

それぞれドワーフ族、コボルト族、ニーケー族、ピクシー族で構成される国家で銀河連邦構成国の中では比較的中堅どころの国々だ。

特に姿そのものは天使そのままなニーケー族がこの事務所を主導していたことでキリスト教人口の多い欧州地域は他の地域に比べても特にスムーズに物資供与・技術供与が進んでいっていた。



そして今夜、その最もお行儀のよいと評される欧州連合地域の観察官が勢ぞろいし、一つの重要な会議が始まろうとしていた。




その名も「欧州の子たちにあげる惑星を選ぶ会議」。




名前も緩いが会場もだいぶ緩い。

大会議場こそ大円卓が中央に鎮座し、円卓の中心部には欧州各国への贈与候補の星々が立体映像で投影されている厳かな雰囲気……なのだが。

各国観察官の席の脇にはそれぞれ持ち寄った酒や嗜好品が置かれている。

観察官たちの顔は真剣そのものなのだが、なんというか、欲望にまみれているのがありありとわかる。

観覧席から窓越しに観察官たちを眺める秘書官たちは既にげんなり顔。観察官たちに大体どういう基準で自国の惑星を選定するのかを聞いてしまったのだろう。

――同じく観覧席から脇に控えている各国連絡官たちはそれを知らないためか、困惑顔で秘書官たちと観察官たちを交互に見ながら会議の開始を見守っていた。




「それでは、今回の会議の進行はわたくし、ニーケー教団高位宣教師兼首席保護観察官が受け持たせていただきます」

金色の髪を大きな翼で少し揺らしながらニーケー族の首席保護観察官の女性が宣言する。



「ではまずチェコから」

「はいはいはい!そこは事前に宣言した通りおいらたちコボルト案でいいよね?61Virginis星系に作った温暖湿潤気候惑星!」

コーギーのような顔をしたコボルト族の首席監察官がいち早く手を挙げる。

事前に話を通していたのかドワーフ族の首席監察官は黙ってうなずき、ピクシー族の首席監察官は興味なさげに足を組みながらぷかぷかと浮かんでいる。


「では、コボルト体制案で本採用をします。では次に――」

ニーケー族首席監察官が宣言するとともに、チェコ共和国連絡官の端末に惑星と星系の情報が飛び込んでくる。

一瞬唖然とした連絡官だったがはたと正気に戻り、急いで渡された惑星の情報を確認した後、足早に会場から飛び出ていった。


そしてハンガリーはピクシー族によって花や香水の材料を生み出す動物たちの育成に最適な気候を持つ惑星が、スペインやイタリアはニーケー族が議題に出す前に決定事項のようにワインの育成に最適な土地が多くある惑星を選定し、次々にスムーズに惑星が決まっていく。


そのたびに各国連絡官は地は最初のチェコの連絡官のように慌てふためきながら情報を確認して次々議場から飛び出していく。


そして数か国分の惑星割り当てが決まったころには各国の連絡官たちはなぜ秘書官があんなに会議開始時にげんなりした表情だったのかを理解した。




『こいつら……私たちの次の家になる惑星を自分たちが欲しい食料や嗜好品生産基準で決めてる……』と。




あんまりにもあんまりな選定基準ではあるが、今後の自治国昇格や加盟後の特産品のことを考えると文句も言いづらい。

まだあまり連邦経済について人類は理解できていないが、少なくとも特産品を持つ国に何らかの優位性がありそうという予感はしていた。


惑星にしても、住みにくそうな星であれば文句の一つも出るところだが、大きさや気候の比率は様々ではあるものの、どれも豊かな大地をもつ人類の居住に最適化されたテラフォーミング惑星や丁寧に手入れされた未開拓惑星ばかり。

各国の特産品に合った気候を多く含む惑星の贈呈そのものには文句の言いようもない。

それに、元から1国1惑星を貰えるとは通達されていたが、実際に貰えると実感がわいてくるもので文句の前に高揚感の方が上回る。

選び方に思うところがある以外に文句のつけようがない状況に、まだ惑星の決まっていない各国の連絡官はモヤモヤしながら見守るしかできなかった。





一方会議はスムーズに進んだ国から奪い合いが発生する国の惑星選定に。


「……では、次のフランスは、このブルゴーニュ地方と同じ海洋性気候の河川が多く存在するこのHD207129Cを――」

「いやちょっと、なに流れるように決めようとしてるの!?フランスには私たちピクシー族のとっておきのHD204521Aを上げるのよ!地中海性気候を中心にいろんな種類の花が栽培できる多種多様な気候の惑星!これは譲れないわよ!?」

「フランスワインは私たちニーケー族の本命なのです。HD207129Cではだめですか?」

「こっちだってフランスは本命よ!それにHD207129Cは地中海性気候が少なすぎ!私たちはまだ1か国だけだけど、ニーケーはスペインとイタリアも取ってるじゃない!」

ニーケーとピクシーがそれぞれ立体映像の惑星を片手に議論する。


当事者のフランス共和国連絡官は『ミュンヘン会談かな?』と言いかけそうになったが我慢した。


三十分ほど調整が続いた結果、フランスはHD204521Aを割り当てられたが、一部大陸を海洋性気候の河川が多くなるように調整するため、贈呈は半年ほど遅れることに。

香水とワイン両方に最適な惑星が手に入ったと喜ぶべきか、他国に比べて半年受け取りが遅れることに怒るべきかフランスの連絡官は一瞬迷い、考えるだけ無駄だとあきらめて急ぎ足で会場から飛び出していった。


その後も取り合いが発生する国も何か国かありつつも、大枠では事前折衝の通りに惑星割り当てが決まっていき、最後にイギリスがドワーフによって冷涼で湿潤な気候が多い惑星を割り当てられて会議は終了した。

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